――遠くから泣き声が聞こえる。



…ぇーん、わーん…。



はっと天化はその泣き声に素早く反応する。
「誰かが泣いてるさっ!」
それ行け!とばかりに天化は泣き声のする方に全速力で走っていく。



――お巡りさんたる者、困った人がいたら決して放っておくなかれ。誰よりも早く現場に駆けつけろ。



聞仲閣下の教えもとい、今は天化のスローガンになりつつもある。


「どうかしたさっ?!」
電光石火のごとく、泣き声の聞こえる場所を特定し、駆けつける。
そこには、大きな瞳に涙をいっぱいため、しゃがみこんでいる小さな少女の姿があった。










「貴人ちゃん、どこだりっ。お家…どこだりっ?!あぁ、わかんないだりぃ〜」
天化の声にも気づかない程大きな声でわんわんと泣き続ける少女の言葉から大体の状況を察する。



――要は迷子ってわけかい。



とりあえず、天化はその少女と目線が合うように、姿勢を低くする。



「ほらほら、そこのがきんちょ。どうかしたさ?」
「き…きび…きび……がきんちょじゃないだりぃ〜っ!」
うっかり発した天化の『がきんちょ』発言に、少女の目にはみるみる更に大きな涙が溢れはじめる。


――まずいっ!泣くさ!!


天化は天地がひっくり返るような危機感を覚えた。
俺っちは良い子の味方の警察官だろ?! 何の罪もない無邪気な子どもを泣かすなんて、警察官としてフツーにありえないさ!!



「悪ぃ!ごめん!!どうしたさ?俺っちはここのお巡りさんさ。何か困ったことがあったら話してみ?」
潔く謝り、天化は汚名返上とばかりによしよしと安心させるよう、大慌てで少女の頭を撫でてみた。
男兄弟ばかりの天化は――もしくは父親の影響も少なからずあるだろう――頭を撫でる時にも普段はかなり力を込めてしまうが、天化にしては珍しく加減をして、気をつけてみる。
「お兄さん…警察官り…?」
「あぁ、そうさ!」
きょとんとして泣き止んだ少女に天化は胸を張って答える。
しかし。


「警察の人はそういう格好はしないだりっ!ウソつきだりっ!」


………右手でびしっと指差しされて、嘘つき呼ばわりされてしまった…。


こんな小さい子どもに否定をされ、若干衝撃とショックを受けた天化だったがすぐに持ち前の精神力で自我を取り戻した。
「いや、こういう格好してるけど、実は俺っちはおまわりさんなのさ…ホラ」
天化は喜媚の目の前に警察手帳を開いて見せる。
「これ…本物り…?」
「あぁ、もちろん!」


天化の満面の笑みを見て、ようやく少女も納得したようである。


「お兄さん、警察官だりっ!すごいだりっ!格好いいだりっ!……あのね…きび……喜媚、一人で遊んでたらいつの間にか知らない場所にきちゃったり…」


どうやら喜媚というのがこの少女の名前らしい。
そして、話を聞いてみるとやはりつまりは迷子のようだった。


「そうか……まぁ、とりあえずこれ食べるか?クリスマス特製の飴だ」
「わぁ!かわいいアメだり〜っ!これ、食べてもいいっ?!」
「あぁ、もちろんさ」


喜媚は目を輝かせる。


予想通り、このお子様はステッキの形のクリスマスバージョンの飴に釘づけだ。
不安を抱える小さな子に、まずは安心してもらうという天化の目的は達成された。


――スース…助かったさ…。


そんな思いで太公望に感謝するのもつかの間の出来事だった。
飴を食べた喜媚がぎゃあと再び大きな声で泣き始めたのだ。
「ど、どうしたんさ?!」


体温が下がる心地で喜媚に問いかける天化。


「か、か…からいっ!これ、からいアメだりぃ〜っ!」
そんなまさか、と思い天化は一個袋を開けて、自分も飴を口にしてみる。
「っ!!」
天化は言葉にならない衝撃を受けた。


辛い。辛すぎる。
この飴、見た目は可愛らしく、てっきり天化はバニラかミルクといった甘い味だと思っていたのだが…いざ食べてみるとハッカかハーブだか知らないが、とにかく辛い。
甘いと思って口にしたのなら尚更だ。
天化自身もあまりの辛さと味に口が曲がりそうなのに…。



「うわぁぁぁあん!からい、からいだり〜っ!」



……子どもなら、こうなるのはますます至極当然だった。
わんわんと先ほどより激しく泣きだした喜媚に天化はあわててティッシュを差し出した。
「ほらっ!ここに出していいからっ!」
喜媚用のティッシュを渡した後、当然自分用のティッシュも出した天化は心の中で怒りの炎を燃やしながら毒づいた。



――スース…!!あーたってヤツはっ…!!後で覚えておくさっ!



何とか半泣き状態に収まった喜媚に、すかさず天化は第二陣を敷いた。
「あ!あと、これやる!これやるさっ!!ぬいぐるみっ!だから泣き止むさっ!!」
「………ぬいぐるみ?」
喜媚は『ぬいぐるみ』という単語に反応してぴたりと泣き止む。
「これ、……喜媚がもらってもいいり…?」
「あぁ!スープーぬいぐるみっていうらしいんだ。可愛いだろ?」
ためしに天化はスープーぬいぐるみの首を動かし、お辞儀をさせてみた。



『こ ん に ち は ! 』



「可愛いっ!ありがとりっ!」


天化は内心ちょっと恥ずかしかったが、ぬいぐるみを胸にぎゅっと大事そうに抱きしめ途端にご機嫌になった喜媚に、心の底から安堵した。
どうにもこんなに小さい女の子の扱いは慣れていないから天化もついハラハラしてしまうようだ。
喜媚の心が少し落ち着いたようなので――多分ムダだろうが――、一応天化は聞いてみることにした。
「家、どっちの方向か、わかるか?」
「ええっとー……あっちいってー…、こうきてー、こうやってこうきたと思うりっ!」
指を懸命に上下左右に動かす喜媚だが、全然天化には意味がわからなかった。



その場で天化は考えた末――。
「――とりあえず、ここらへん歩いてみるか!歩いてれば家も見つかるかもしれないし、そのうちにお母さんが迎えに来てくれるかもしれないさ!」
「うんっ!警察の変なお兄ちゃんと一緒なら喜媚、怖くないりっ☆」
「『変な』は余計さ!」
「そういえば、お兄ちゃんの名前は何て言うんだり…?」
「俺っちは、黄天化さ!」
「私は喜媚って名前りっ☆」
「あぁ、知ってるさ!よろしくな。喜媚!」



ようやく元気になった喜媚と、天化は手をつなぐと行くあてもなく歩き始めた。
喜媚と手をつないでゆっくりと歩きながら、とりあえず無難な職場の話題から天化は振ってみた。
普段なら一番に家族のことを話題にするのだが、先ほどうっかり泣かせてしまいそうになったこともあり、迷子の子どもに家族の話題はおそらくタブーだろうと天化なりに考えて、控えていた。


喜媚は思った以上に目を輝かせては、一つ一つの話に大喜びで反応する。


「それでさ、うちの上司…ていうか先輩は女の格好をするのがとても得意でさ…」
「へぇっ☆面白い人なんだねっ!」
「面白いっつーより…まぁ、なんていうか…すごい人っつーか、変わってるっつーか…」


――楊ぜんさん、すまないさ…。


天化は心の中で軽く楊ぜんに詫びながら、それでもまぁそのおかげでこの小さな少女のご機嫌をとることが出来たことに感謝する。
おだやかな彼なら恐らく、ちょっと嫌そうに顔をしかめた後に、最後には『全く、仕方がないね』と軽く笑って許してくれることだろう。


「あのね、あのねっ☆喜媚も実は変装得意だりっ!」
「あぁ、そうかい、そうかい(そんなまさかさ)」
喜媚の話を話半分に聞いて軽く頷いていると。


「あーっ!天化兄様だぁっ!天化兄様〜つ!!」











耳慣れた明るいその声に天化は振り返った。
「お、天祥じゃんか!元気そうさね!」
天祥は天化を見つけたかと思うと全速力で走り、天化の足元に飛びつく。
天化は飛びついてきた天化の頭を飛虎のように思いきり撫でると、その場で天祥を高く持ち上げ、ぐるんとその場を一回転した。
「うわぁ〜いっ!」
無邪気に笑う弟に、兄の天化も自然と笑顔になる。
天化が天祥を地面に下ろしてから久しぶりに自分の弟の顔を見た。 天祥は天化の顔を一瞬じっと見つめた後に、にかっと大きく笑った。
喜媚はぽかんとして二人の様子を見ている。
そんな喜媚の姿にしばらく経ってから天祥は気づいた。


自分の知らない少女を不思議そうに天祥はじぃっと見返し…数秒後の一言。


「……天化兄様、この女の子…もしかして、天化兄様の妹…?」
「――――もし、俺っちの妹だったら、天祥の妹ってことにもなるさ……ウチに妹いたか?天祥」
「……………………………………………………………………………………………………………ううん」
散々迷った末に、天祥は眉根を寄せながらようやく答えた。
どうやらまだ何か考えているようである。


無邪気で可愛い弟であるが、時々どこかずれている所があると感じた天化であった。






天祥にこれまでの経由を天化がかいつまんで説明すると天祥は話をよく聞き、いちいち一つ一つに深く頷いては神妙な面持ちをした。
そして話を聞き終わると喜媚の瞳を真正面から見ながら、天祥は自分の胸をどんと強くたたいた。


「大丈夫だよ!喜媚ちゃん!!天化兄様、嘘つかないから!ちゃんとお家見つけてくれるよ。ちゃんとお母さんに会えるから、喜媚ちゃんは安心してね!」


まるで太陽のような笑顔で言う天祥。
我が弟ながら素直ないい子に育って、天化はつい嬉しく思ってしまう。


「うんっ!ありがとりっ☆天祥くんっ!」
「僕のことは天祥でいいよっ!」
「じゃあ私も喜媚でいいりっ!」
「そっか。んじゃ、ためしに呼んでみるねー。喜媚っ!」
「何りっ?!天祥っ!」
「ううん、呼んでみただけだよっ!」
「そうだりねっ☆天祥っ!」
「喜媚!」
「天祥っ☆」
「喜媚っ!」



きゃはははははは!!



少年と少女の笑い声が二つ重なりあい、天化は微笑ましいと思うのと共に


――正直ちょっと騒がしいさ…。


軽く耳を抑えたくなる衝動に駆られるのだった。









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