天化の右手は天祥と、左手は喜媚とつなぐ。


天祥とは強くしっかりと、喜媚とは少し力をゆるめてやんわりと指をつなぐ。
手をぶらぶらと上下にゆっくりと揺らしながら歩いている天化・天祥・喜媚の三人の姿は気が付けばまるで道行く親子のような図になっていた。

「あっ!素敵カップリ発見りっ☆」
「ん…?」
喜媚が指をさした方を天化と天祥が見ると、花屋の前で何やらカップルらしき二人が手をつないで、立っていた。





「高蘭英。いつも苦労をかけてすまないな…」
「いいえ、貴方。貴方は何事も一生懸命で、誠実な方です」
「……君は僕が就職して、何か違うと思って転職したいと言った時も、何も言わなかった。家計のこともあるのに、不安なこともあっただろうに、理解をしてくれた。おかげで僕は真にやりたいことを見つけられた。これは、僕からのほんの気持ちだよ。愛情と我が心を込めて。どうか受け取ってほしい」



張奎が差し出したのは赤とピンクのバラのそれはそれは大きな花束だった。
根元には純白の太いリボンがかけられている。



「貴方…これ……一体何本…」
「200本だ。赤とピンクのどっちがいいかと迷ったから、両方100本ずつにした」
絶句したような様子の高蘭英は、しばらくすると目に涙を浮かべた。
「貴方と共に生きられて、私はこれ以上ないくらい幸せです」
両手に抱えきれないほどの大きさの花束を大事に胸に抱きしめる。
「…でも、一つだけ残念なことがあるわ」


やわらかく微笑む高蘭英に張奎は少々驚いた表情をする。


「え?」
「こうしてこんなに大きな花束を持っていると貴方と手をつなぐことが出来ないの」
「そうか…。じゃあ、家に帰ったらいっぱい手をつなごう、高蘭英」
「えぇ。そうしましょう、貴方」



バラの花を家じゅうに飾って、ごちそうを食べて、手をつないで。
それはきっと、素敵な一日になるに違いない。



高蘭英はやさしく幸せに包まれたバラの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。







「わぁっ!素敵だり☆素敵だりっ☆あの男の人っ!とっても格好いいりっ!」


蝉玉といい喜媚といい、女の子とはこういうものなのだろうか。


喜媚は何かに火がついたように大はしゃぎしている。
「天化兄様!あの二人、とっても仲が良くてまるでお父さんとお母さんみたいだね!」
天祥は天祥で道端のカップルの仲の良さを無邪気に喜び、さらに天化に問いかけてくる。


きらきらした瞳を天祥と喜媚の両方から向けられ、正直天化は困ってしまった。


「あー…たしかに…。仲がいいことはいいことさね…」
天化は返答に困ったので当たり障りのない返事をした。
「でもね、天化も格好いいりっ☆喜媚のタイプだりっ☆」
すると何を思ったのか、喜媚はつないでいた天化の手を両手で大事そうに持つと、嬉しそうに頬をこすりつけた。


「ああ、ありがとよ。喜媚」


気がつけば随分となつかれちまったもんさ…と天化は苦笑いをしたい気持ちを抑え、微笑んだ。



だがしかし、そんな気持ちなど次の喜媚の言葉ですべて天化は吹っ飛んでしまった。



「ねえっ☆喜媚、天化にも何か格好いいこと言ってほしいりっ☆」
「……は?格好いいことって何さ?」


驚きのあまり、天化は思わず問い返してしまう。


「だぁかぁらあ!それは自分で考えりっ☆ねっ!天祥っ!」
「うんっ!僕、格好いい兄様見たい!天化兄様頑張って!」
「はぁ〜?!」


喜媚と天祥はいつの間にか共同戦線を張ったのか、心からの二人の応援に天化は頭を抱えたくなった。
そんなことを言われても、一体何を頑張ればいいのか。
天化の心などつゆ知らず、喜媚と天祥は休む間もなくたたみかける。



「何か決めゼリフを言うりっ☆天化!喜媚、天化の格好いい所見たいだりっ☆」
「天化兄様が言えば何でも格好いいよ!大丈夫だよ、兄様っ!」



フレーフレー!頑張れ、頑張れー!!
ファイトぉー!!一発〜!!!
お〜!!


ついには即席で応援団を結成し始めた二人に天化はあきらめた。
天化は散々考え、迷った末に………。



「警察官で俺っちにかなうやつはちょっといないさ!!」




「わぁっ!天化兄様かっこいいっ!」
「天化兄様かっこいいだりっ☆」



天祥と喜媚は二人で惜しみのない拍手を送る。
良かった…かなりヤケだったが、どうにかこのお子様二人の要望に自分は応えられたらしい。
天化がほっと一安心したのもつかの間。



――――その天化のうっかり見てはいけないシーンを真正面から見てしまった不幸なその人は――王貴人だった。












「え…えっと……」
天化のとても気まずい場面を見てしまったショートカットが似合う綺麗な女性は、必死に何か言葉を探しているようだった。
「あ…」
天化も天化でどう取り繕ったらいいのかわからず、口が開いたまま。
「…その…」
「あー…」
天祥はそんな二人の様子を交互に首をかしげながら不思議そうに見ていた。


どんよりとした沈黙が流れる。


するといきなり喜媚が天化の手を離し、突然その女性にがしっと両腕で飛びついた。


「貴人ちゃ〜んっ!!」
驚いている天化をよそに、わぁわぁとその女性の胸で喜媚は泣く。


「――――…私は、王貴人と申します。喜媚姉様の妹です。姉様が迷子になって探していたんです。あなたが一緒に探してくれていたんですか?」
「あぁ、そうさ」
「ありがとうございます、助かりました」


貴人はどうやらさっきのシーンは見なかったことにしようと決めたようである。
ある意味では大人の対応ではあったが、天化の方はどうも気まずい気持ちがぬぐえない。
天化は先ほどの貴人の話のどこかに何か違和感を感じながらもいたたまれない思いの方が先行し、少し早い口調で喋る。


「いや、警察官として当たり前のことをしたまでさ。一人で迷子になって泣いてて、道もわからないみたいだったからとりあえずこの辺りを一緒に歩いてみただけで……お礼なんて言われるほどのことじゃないさ」
「ちがうりっ!貴人ちゃんが迷子りっ!」


喜媚が天化の気まずい思いを中和してくれる。


「喜媚、迷子じゃないりっ!だって喜媚、貴人ちゃんの姉様だりっ!」


全く…最初は自分で迷子だって泣いていたのに、見つかった途端これさ。


先ほどからムキになって否定する喜媚に、天化は少しだけ肩をすくめる。
ようやく天化は気持ちを立て直すことが出来てきた。


ん…?姉様…?


そこでようやく言葉の違和感の正体に気が付き、天化ははっとして問いかけようとするが、その前に貴人と喜媚から別れを告げられる。


ぺこりとその場でお辞儀をする貴人。


「本当に、ありがとうございました。感謝します。ほら!喜媚姉様っ!行くわよっ!今日はこれから姉様たちと一緒にお祝いの食事に行くんだから!」
「天化っ!天祥っ!ありがとりっ☆短い間だったけど、喜媚は二人と一緒にいれて、とっても楽しかったりっ☆」
「僕も楽しかったよ!喜媚!またね!」


大きく手を振る天祥。


天化だけが一人唖然としたまま、二人を見送る。



貴人がその場で踵を返した。
その時、喜媚はにこっと笑ってから、一瞬だけ貴人の足元に隠れた。
そして、すぐに再び貴人の後ろからぴょこんと顔を出す。
天化と天祥の前に、再び現れたのは――。



「また、遊ぼうね!天化!天祥!!約束だよっ!」



――天祥だった。



天祥に姿形、声や話し方までそっくりの、喜媚。



「「!!」」



驚きのあまり固まったまま全く声が出ない二人をよそに、こちらに向かって手を振る天祥そっくりの喜媚を貴人は急かす。
天化と天祥が二人して我に返ったのは喜媚と貴人が完全に目の前から姿を消してからだった。
ようやく動き出したばかりの頭で、天化は声にして叫んだ。



――いや、正確に言えば叫ばずにはいられなかった。



「マジだったんかいっ!!」



――信じられないさ!!!








まだしっかりとは働いていない気のする頭だったが、ふと思い出したので天化は自分の時計を見る。


「……そろそろ時間さ」


気が付けば、もうかなりの時間を費やしていた。あと少しで退勤の時間である。
「天祥、俺っちはそろそろ交番に戻るからお前も家に帰りな?」
先ほど喜媚と別れた場所で立ち止まったまま、天化は天祥に向けて言った。


いつもならここでにこにことした笑顔で「はーい!」という返事が天祥から来るのだが、今日に限ってはどうしたことか返事がない。
疑問に思い、天化が天祥の顔をよく見ると、どことなく不満げな顔つきをしている。
このいつも楽しそうな弟にしてみれば、かなり珍しい表情である。


「?どうかしたさ?天祥…」


思わず天化は天祥のことが心配になってしまった。
実は何か嫌なことがあったのだろうか? それとも思った以上にさっきの喜媚との別れがさみしかったのか…?
しかし、天祥の口から出た言葉は天化にとっては予想外のものであった。



「……天化兄様、次はいつお家に帰って来るの…?」



「え?そうさねぇ…。出勤でない日も、何か事件があったらすぐに呼び出されるかんなぁ…。実家にいると、呼び出された時にちょっと遠くて時間がかかるからさ…って…何かそれが関係あるさ?」


天祥は言おうか言うまいか考えているのか、うつむきながら左右に目を落ち着かなく泳がせる。


「天祥。何でもいいから、言ってみるさ。俺っちは、お前の兄ちゃんなんだからな」



天化は天祥を安心させるようにゆっくりとあやすように頭を撫でた。
昔、天化が不安なことがあった時に父や母がいつもそうしてくれていたように。
天祥はそれでもしばらくの間黙っていたが、天化もまた静かに天祥が話し始めるのを待った。


「……あのね」
「ん?」


天化はやさしく弟の声に応える。


「………さびしいんだ…」
「…え?」


小さな声でぼそりと呟いた天祥に、天化は聞き返す。


「兄様たち…みんな家を出てっちゃって…兄弟の中で家にいるのは今、僕一人なんだ…。父様と母様は兄様たちは大人になったのだから、それはしょうがないことなんだって言うんだけど……僕は…」


天祥はうつむいたまま、両人差し指をぐるぐると回してもてあそびながらためらいがちに話す。


「でもね、今日はね…兄様たちも皆帰って来るんだって。だから、父様も母様も二人とも張りきって今夜はごちそうにしよう!って夕飯の買い物に出かけたんだ。でも、二人が買い物に行く前に僕が『天化兄様もこられるかな…?』って母様に聞いたら、『天化はお仕事が忙しいから…』って…。父様も『帰ってきてくれたら嬉しいけど、ちょっと難しいかもな』なんて言うし…」


しゅんとうなだれる天祥。


「僕、もうずっと天化兄様と一緒にご飯食べたり、一緒に遊んだり、いっぱい話したりしてないよ…」


天化は言葉が出なかった。
天祥は明るく朗らかで、誰とでも友達になれるようなタイプであり、いつも側には誰かしらいることが多い。
だから、まさかその天祥が『さびしい』なんていう思いを抱くことがあるなんて天化は今まで考えもしなかった。



天祥は意を決したのか、天化を真っ直ぐに見上げて大声で叫んだ。



「ねぇっ!天化兄様っ!兄様も今日は一緒に帰ってお家でごはん食べようよっ!父様も母様も本当は待ってるよっ!僕も天化兄様と一緒に過ごしたいっ!家族皆で楽しくお話したり、お食事したりしたいよ…っ!!」



心からの天祥の思い。



――そんなことを言われてしまっては、もう天化の中の答えは一つだ。



「……天祥、肩車してやるよ」
「…え?」


突然の天化の言葉に、うっすら目に涙までためていた天祥は瞳を見開いた。


「今から交番までダッシュで行くからさ。お前は俺っちの帰り支度が終わるまで悪いけど、ちょっと交番の前で待っといてくれ」
「それって…天化兄様…」


天祥の顔が喜びに輝く。


「ああ、ごめんさ。天祥。お前や親父たちの気持ちに気づいてなくて…」
天化がしゃがみ、背中をかがめる。 天祥は素早く天化の肩に乗っかった。
「そうだよな、一番大事なのはやっぱり…」



――…この世で一番大事なのはやはり…たった一人しかいない、誰も代わりにはなれない、自分たちだけの家族。



天祥は天化の言葉の先の意図を汲み取り、一瞬だけ瞳に涙を浮かべ、目を閉じた。


こんなに心やさしい弟を持てることを、天化は誇りに思った。
人懐こく、誰にでもやさしく、自分だけではなく他人の心までわかる子。
誰にだって、自慢できる。
こんな弟、きっと世界中探してもどこにもいない。



天化はしっかりと力を入れて天祥の両足を持つ。
そしてさぁと意気込んだ。



「天祥、しっかりつかまってろよ?スピード出していくからさ」



天祥は深く頷いた。
もうその瞳に涙はない。



「さ、じゃあ行くさっ!ハイスピードで超特急さ!!俺っちも久しぶりに、親父たちにチャーハンでも作ってやるかな!親父と母さんだけに作らせるのはやっぱ悪いっしょ!!」


天祥は甲高い声をあげて笑いながら、天化の顎にぎゅっと両腕を回した。


「うん!僕も一緒に料理するねっ!」
「あぁ、それは楽しみさ!」




家ではきっと、父や母が待っている。
自分が家に帰ったらどんな顔をするだろう。
最初は驚くかもしれないが、きっと喜んで笑顔で出迎えてくれるに違いない。
寒い冬の一日。
特別な一日。
そんな日を一緒に笑いながら過ごせる家族がいることを、心からしあわせに思う。





夕暮れ時。
空が暁色から藤色へ変わり、やがて星がきらきらと輝き始める。
人々の笑い声が聞こえる。




けんかする。泣きわめく。あきらめる。悲しい。苦しい。憎しみ。怒り。悩み。挫折。葛藤。嫉妬。暗澹。
騒ぐ。はしゃぐ。夢を見る。笑う。喜ぶ。希望。好き。大好き。嬉しい。楽しい。慈しむ。思いやる。愛してる。




誰かが誰かを想う。
どうか元気でいてと願う。
様々な思いが交錯し、人の心はいつしか移りゆくけれど、変わらないものはたしかにここにある。



人のぬくもり。
あたたかさ。
誰も死なない。
争いもない。
平和で平凡な日常。
天化は走る。



「「黄家料亭開店だいっ!!」」




天化は天祥と一緒に大急ぎで家路についた。





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written by 水鏡様

[11年 12月 27日]