交番を出て、小走りであちらこちらを見まわること20分。
クリスマスという特別イベントの日だから先ほど聞仲がいったように、普段はないようなトラブルもあるかもしれない…と少し警戒しながら天化も出かけたのだが…。
「平和やねぇ…」
楽しそうに道を歩くカップル。 旅行にでも行くのか大きなスーツケースを持った二人組。
友達と駅前で大人数ではしゃぐ学生。
それをよけて、スーツ姿で避けて別の路線に乗り換えをしようとするサラリーマン。
買い物帰りなのか片手に荷物を持ち、小さな子どもと手をつないでいる親子。
平和すぎて思わず煙草を口にくわえたくなるが、それは我慢する。
勤務中は当然のことながら、喫煙などもっての他だ。
特に、自分は『良い子の味方』の警察官なのだから。
そんなことを思いながら、天化がふとコンビニを覗くと、いかにもつまらなそうな顔をした高校の制服を着た少年が見えた。
耳や口にはピアス、どことなく顔色も悪い。
「王天君さ…」
天化は思わずコンビニの外から王天君の行動をじっと観察した。
王天君はコンビニの奥にあるパンやおにぎりなどのコーナーのものを何気なくとっては眺め、また戻す。 その行動を数回繰り返した後。
「あいつ!また…!」
天化は駆け出した。
「王天君!何やってるさ!」
「――あぁ?何だ、お前?」
「何だじゃないさ!今、制服の上着のポケットに、おにぎり入れたのを俺っちは見たさ!いい加減そういうのはやめろって!!」
すっとぼける王天君に、ポケットを指さし怒る天化に
「けっ。今日は運が悪ぃな」と少しの反省の色もなく王天君は悪態をつく。
「あ〜あ。俺の昼飯になるはずだったのに」
「そんなのわかってるさ!――ちょっと待つさ」
王天君が盗もうとしたおにぎりの他に、天化はしばらく棚を眺めてからごぼうサラダと野菜ジュース、そしてもう一個おにぎりを選びさっさと会計に向かった。
興味なさげに天化の一連の行動を見ていた王天君。
混んでいることもなく、すぐに会計が終わった天化は「…はい、これ」と、コンビニの袋をそのまま王天君にずいっと突き出した。
「おにぎりだけだと栄養が偏るだろ?サラダも食べて、水分もちゃんと取らなきゃダメさ」
「ふぅん…?そりゃどーも。…ってかお前は俺のハハオヤか?」
「俺っちはお前の母親にはなれねえけどさ。ちゃんと栄養バランスも考えなきゃダメってことさ。王天君、腹が減ってどうしようもない時は俺にでも言え。非番の時じゃないとさすがに無理だけど、一応就職はしてるんだから、お前と違って金はそれなりにあるし、お前一人の飯くらいならおごったり、作ったりしてやれるからよ」
王天君は黙り込む。
そんな会話をしているとぎゃーぎゃーと言い争ううるさい声が自動ドアを開けて聞こえてきた。
「おい…いい加減お前、俺の漫画返せ」
「いや、だからちょっと待ってってばナタク!」
「雷震子、お前の待てはもう聞き飽きた」
「だーかーらぁー!!…ってあれ?王天君じゃん?天化と二人でどうかしたのか?」
冬でも上半身裸の威勢のいい雷震子。
いつもは薄着なのに今日は真っ赤なセーターに、赤白のボーダーのマフラーを巻いてやたらと厚着をしているナタク。
王天君と現在高校の同級生である二人の姿だった。
「あぁ?!またお前、万引きしようとしたのかよ?!」
「俺の行動をお前にどうこう言われる筋合いはねえょ。俺が万引きしようが空き巣に入ろうが殺人しようがお前は全くの赤の他人だろ」
とりあえず外に出てから天化から事のいきさつを聞いた雷震子の大声に、王天君は冷めたように突き放す。
「肉親ですら俺のことなんか放っておきっぱなしなのに、赤の他人のお前が俺に言ってどうなるんだよ?」
雷震子は激昂して王天君を真正面から見据える。
「……んじゃなくて!!腹減ってたんだろ?食べ物を盗もうと思うほど程我慢できなかったんだろ?!だったらなんで俺に言わねえんだよ!俺に言えば、いつだって飯ぐらい家でごちそうしてやるのに!」
「お前が良くっても、親はきっとこんなの来たら嫌がるぜ?」
王天君の家は家庭の事情がかなり複雑である。
母親は彼を生んだだけで放っておきっぱなし。育児放棄と言ったほうがいいだろうか。
天化自身、実際彼を補導したり、話を聞いたりした回数は数知れない。
王天君の母は小さい頃からほとんど家に帰らず、だからといって食事を用意してやることもなければ、もちろんお金を置いておくことすらしなかったそうだ。
王天君が小学生だった頃など、夏休みに母親が男と二人でどこかへ長期の旅行へ行ってしまって、学校の給食もなく餓死しかけたことがあると以前、本人が当たり前のように言っていた。
高校にもどうにか受験して行ったはいいが、母親が学費等の必要経費を一切払わず延々滞納中で、現在退学の危機にすら陥っているらしい。
今でこそ天化も理由はわかっているのでこんな風に王天君と話してはいるが、出会った当時はひねくれた王天君に「お上のイヌが」「偽善者の集まり」など散々な罵倒を浴びせられたものだった。
薄ら笑いを浮かべる王天君に、雷震子は憤慨する。
「んなことねぇ!俺の親父を見くびるな!困った時はお互い様なんだからな!俺たちは友達だろうが!!」
すると今まで黙って静かに聞いていたナタクが口を開いた。
「――…そうだ。お前の家の状況ははっきり言って俺にはよくわからん。が、お前一人で抱え込む必要はない。うちの母上もまたいつでも家に来なさいと言っていた」
「つーことで、じゃあ今日は皆で夕飯食おう!よし!そうしよう、そうするぜ!じゃあな!!天化!!!」
「……けっ、おせっかいなヤツ。まぁ勝手にしろよ」
雷震子に首根っこをつかまれ、ずりずりと無理やり引きずって行かれる王天君を見て、天化はやれやれと安堵の息を吐いた。
こういう雷震子のいい意味での強引さはやはり兄の姫発に似ていると思う。
「あ、そうだ。ナタク!」
呼び止めた天化にナタクはゆっくりと振り返った。
「何だ」
「いつもあーた寒そうな格好だけど、今日は随分と厚着さね。マフラーもつけてるし、どうかしたのか?」
「薄着では風邪をひくからと。母上が編んでくれたお手製のセーターに、マフラーだ」
「あたたかいか?」
「あぁ…あたたかい…とても」
「そっか、それはよかったさ」
「……天化……………聞きたいのだが、パーティーとは普通誰を呼ぶものなんだ?」
「あぁ?パーティー?まぁ…普通は家族や兄弟と一緒にやるか、あとは友達とか、恋人?とか、だろうけど。…それがどうかしたさ?」
ナタクはその場で小さな声で低く呟いた。
「母上が今年はクリスマスか大晦日にでもパーティーをしてみてはどうかと俺に言った。――太乙が…」
「?太乙さんがどうかしたさ?」
ナタクの話の内容は時々、少々脈絡もなく飛ぶことがあるが天化は慣れているので普通に流す。
太乙はナタクの家の側に住んでいるいわゆる『近所のお兄さん』である。
去年たしか工学系の四年制大学を無事卒業し、就職したと聞いている。
歳の離れたナタクを太乙はそれは昔から可愛がっていたようだが、どうにも最近はナタクの不器用さと無愛想さに以前よりさらに拍車がかかり、会話もままならない状態であると以前、本人が嘆いているのを天化は見たことがある。
――てっきり、仲が悪くなってしまったのかと思ったのだが…?
「太乙が、konronというガス会社に入社したのは知っているか」
「………ああ。そういえば前に聞いたような…」
「そのkonronで自分がやりたい開発業務になったのはよかったらしいが、会社が無理難題を押し付けて、ほとんど寝る間もないらしい」
「そうなんか…」
「太乙本人は自分がやりたいことを出来るから喜んでいるようだが…俺に言わせればあいつはおかしい!」
――なるほど。 …つまり、なんだかんだ仲が悪そうに見えていても、太乙が無理をしているからナタクは心配なようである。
ナタクは一見ぶっきらぼうで人付き合いも嫌いそうに見えるのだが、実際は心のやさしいヤツなんだよな…と天化は改めて思った。
――でも、そんなこと言ったら『それは違う!』となぜか怒り出して殴られかねないので心の中にしまっておくが。
「んじゃ、せっかくだし、呼んでやれば?パーティーとかすれば太乙さんもいい気晴らしになるかもしれねえよ?」
「そうだな……天化」
「何だい?」
「礼を言う、………がとう」
マフラーをまき直し、口元を隠しながらのナタクの言葉に天化は自然と微笑んだ。
ナタクはふいとそっぽを向いてから止めていた足を再び動かし、雷震子と王天君の元へ戻る。
「おーいっ、何やってんだ?遅いぞっ、ナタクっ!」
「……雷震子、うるさい。大きな声を出すな」
三人で歩きながらナタク、雷震子、王天君は騒がしく会話をしながら遠ざかって行った。
「雷震子、お前もいつまでも薄着でなく何か着たらどうだ?風邪をひくぞ」
「俺は薄着がいいんだっ!ほら、クラスに一人は大体必ずいるだろう?健康優良児で冬でも上半身何も着てないヤツが!」
「上半身裸じゃなくて、袖なしか半袖の間違いじゃねぇの…それ…第一、一体いつの時代の話だよ…」
「王天君!う・る・さ・い!えーい!どうでもいいんだよ!!」
「――ところで王天君、母上が言っていた。奨学金というのがあって申込みをすれば、お金を毎月借りることが出来て、仕事についてから返せばいいと。学費や修学旅行の費用ぐらいはそれで払えるのではと。母上が資料を集めたらしい。今度家に来い。……あ…忘れていた、雷震子、俺の漫画いい加減…」
「だぁかあらあ…!」
「うぅ…残業でもう死ぬ…」
「いいではないか!太乙!研究で死ねるなら本望さ!」
「そうは言うけどね…雲中子…さすがにそろそろ限界かも…24時間中20時間も研究室にこもりっぱなしで…まぁ楽しいけどさ…でも疲れた…原始社長は何考えてるんだかわからない上に、何故か理想は高いからなぁ…あ、天化君…」
「天化君、久しぶりだねぇ〜」
「太乙さんと雲中子さん…」
噂をすれば何とやら…とは正にこのことである。
「ねえねえ、ナタクは元気かな〜。このところずっと研究室にいてなかなか家に帰れないから、全然様子知らなくてさぁ…。あの子…今年から高校生になったろ?友達とかいるのかなぁ…。不器用な性格だから、敵作ってないといいけど…」
目元に大きなクマを作りながら、ナタクの心配をする太乙。
まるでそれこそナタクの母親のようだ。
「ナタクならさっきちょうど会ったけど、雷震子と王天君と一緒に歩いてたさ」
まぁ実は二人とも若干(?)素行に問題ありではあるのだが、そこはナタクの無愛想加減や、自我の強さと秤にかけるとおそらく大したことではないだろう。
何より、あの三人はちゃんとそれなりに楽しくやっているのだから、それでいいと天化は思った。
天化の言葉に太乙は「本当かい?!」と目を輝かせる。
太乙のそのあまりの剣幕に天化は一瞬うっと怯んだが、大きくその場で頷いた。
「そんなことで嘘ついたってしょうがないさ。ナタクも、友達も出来て結構楽しくやってるんじゃねぇ?」
「よ、良かった〜」
ほっと胸をなでおろす太乙を見て、彼も大概人が良いと天化は思う。
ナタクが太乙をパーティーに誘おうとしていることはまだ秘密にしておこう。
久しぶりに会うナタクに、世にも珍しいことを言われたら、太乙はとても嬉しがるに違いないだろうから。
その時のナタクの表情を見てみたいもんさ…などと天化が考えていると…。
「ねえねえ、ところで雷震子は風邪をひいたりしている様子はなかったかい?」
どこかうきうきと尋ねてくる雲中子に、天化は「え…薄着(――ていうか上半身裸)だったけど元気そのものだったと思うさ…?」と疑問に思いながらも答えた。
「ちぇっ。せっかく雷震子が風邪を引いたら、この私が作った新薬を注射で投与して被検体になってもらいたかったのに…。せっかく上半身裸でいれば健康優良児みたいで格好いいと教えたのになぁ。そのうち寒くて風邪を引くと思ったのに、大きくなってからは雷震子は抵抗力がついたようでどうもいかん…」
ぶつぶつと呟く雲中子の言葉に天化は「雷震子の勘違いの原因はあんたかい!」と思い切り突っ込んだ。
さて、今日はクリスマスであるが世界は平和そのものだ。
「どうしよっかねぇ〜」
天化は腕を上げ、頭の後ろで両手を組み、考える。
その時、天化の耳にどこか遠くから小さな泣き声が聞こえた。
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