「天化っ!元気かいっ?!久しぶりだねっ!」
「うわぁ〜。天化さん。相変わらず素敵なおまわりさんですねぇ。格好いいです!」



親しい顔ぶれに、天化も自然と表情がやわらぎ、声の調子が少し高くなる。



「コーチ、武吉っちゃん!久っしぶりさ〜!水族館の調子はどうだい…?」
天化は高校生の頃に、近くに住んでいる道徳に誘われて、アルバイトとして水族館でイルカショーでのトレーラーをやっていた。
道徳はその水族館の経営者、武吉はその時のバイト仲間だった。
「う〜ん…僕が天化さんの代わりに頑張ってはいるんですけれど…やっぱり天化さんにはかないませんよ!」
「いやいや、武吉くんもよくやってくれているよ。今はイルカショーの司会をやりながら、時間を上手くやりくりしてはトレーラーもやってくれているんだから。そんないっぺんに同時に色々なことをやれる人って、なかなかいないよ?有能だなぁ、武吉君は!」
「わぁっ!道徳さん!ほめてくださってありがとうございます!嬉しいです!」


天化はどこか昔を懐かしむように、薄く目を閉じた。


「イルカっちともずっと会ってねえなぁ…。イルカっちたちやトドっち、アシカっち、シャチっちは元気かい?」
「ええっ!元気ですよっ!」
天化の問いに、武吉が張りきって答えた。


「コーチと一緒にイルカショーをやったこと、今でも昨日のことのように思い出すさ」


天化はイルカショーでのイルカとの絶妙の呼吸や、輪くぐりの時になんと天化も一緒にイルカと輪をくぐってしまう一種サーカスのようなパフォーマンスで大人気を博した。
イルカたちも天化のことが好きらしく、しょっちゅう側によってきてはキュイキュイと啼いたりヒレを振ったりするので、その二人が戯れている姿も可愛らしいと周囲からは評判だった。



「コーチも無茶ばっか言って新たな技ばかり提案するから大変だったさねぇ…でも、あれもこれも今では懐かしいさ」
「……天化、そのことなんだが…」
「――コーチ…?」
珍しく歯切れの悪い様子の道徳に、天化は思わず目を見張り、黙り込んだ。
「今警察官の仕事についている君にこんなことを言うのはいけないとわかってはいるのだが…水族館の方に戻ってくる気はないかい?もちろん、今度は正式な社員として…。イルカたちも、どうにも君がいないとさびしそうで…」
「コーチ…ありがとさ…」
遠慮がちにも自分を必要としてくれるコーチの言葉に、天化は素直に嬉しさをかみしめる。
「でも…俺っちは親父を超えるような男になりたい。色々な人を守れるような強さを持って、色々な人の笑顔を守りたいのさ。たしかに、水族館でのバイトでも色々な人を笑顔に出来るし、それもとても大事なことだとは思うけど…。でも、俺っちがやりたいこととは少しだけ違うのさ。ごめん……ごめんな、コーチ」



心底すまなそうに謝る天化にコーチは苦笑する。



「いや…そんな顔をしないでくれ、天化…。君がそう言うであろうことは最初からわかっていたさ…。――天化、君はもう子どもではない。君が自分自身の道を決めたのならば、それをただ信じて、進みなさい。きっと、新しく得られるものや見えてくるものがある。もう、私から君に言ことは何もないよ」



道徳はおだやかな表情で天化の頭にぽんと手のひらを乗せた。




「大きくなったな、天化。君がこんなに成長して、私は嬉しい」





「コーチ………ありがとさ」
「たまには水族館にも遊びに来てくれ。イルカたちも待っている」
「あぁ、約束さ!」








「ああ、眠い、めんどくさい、だるい、考えたくない〜」
「何を言っているのです!あなたは!!」
話の内容だけで誰だか一発でわかる。


――あれは…老子と申公豹さね。


相変わらず万年眠そうな老子と、この寒いのになぜかおいしそうな二段重ねのアイスクリームを手に持っている申公豹。
どうやら何か言い争っているようであるが…。
「いいですか、太上老君!あなたはサーカス団の経営者なのですよ!いい加減、あの道徳と武吉のいる水族館に負けないように何かアイデアを立てなさい!」
「私は負けない」
「何でです?」
「なぜなら、戦わないから」
申公豹は無言でアイスクリームを老子の顔にぶつけた。
「つめたっ!!ひどいな〜。本当のことなのに。それに申公豹、こんな寒い日に顔にアイスぶつけるなんて、寒くて死んじゃうよ」
「懐が寒くなって飢え死ぬよりましです」



天化の存在に気が付かずにそのまま通り過ぎようとする老子と申公豹に声をかけた。
「よぉ、二人とも。久しぶり」
「久しぶりですね、天化」
サーカス団のピエロの格好のまま所構わず歩き回る申公豹。
顔についたままのアイスクリームをハンカチやティッシュで拭こうともしない老子。 どこからどう見ても個性的な二人組だ。



「天化、私もうめんどくさくて。君、よければうちのサーカス団で働かない?何なら経営権も全部君に…」


ぎんと申公豹が鋭い眼光で老子を見つめる。


「いや……俺はいいさ、毎日寒いから体には気をつけるさ〜」


これ以上込み入った話題にかかわりたくないと思い、天化はそうそうに逃げを決め込むことにした。


「はい、これから新しい企画を考えにいきますよ。ただでさえ、サーカス団なんて今時流行らないし客減ってるんですからね!何か突飛な案でも出さない限り本当に近々つぶれますから」
「つぶれたって別に私は構わないけど…」
「――またアイスぶつけられたいんですか…?ほら、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと歩きなさい!」
「……じゃあどっかからしゃべれる鳥でも鶴でも連れてこようか…二羽ぐらい連れてくればあとは勝手にやってくれるから、そうすれば私たちは何もしなくてすむ…」
「あなたのその楽しようという魂胆丸見えなのが私は気に食わないんです!!私の美学に反します!いい加減にしてください!!」



あんな人が上司だと仕事も大変さ…と天化は他人事のように思った。
うちの上司は楊ぜんさんに聞仲さんでよかったさ…と心底天化は思ったのだった。








「あ…そろそろ俺っちも見回りにいってくるか…」
何だか今日は色々な人が通りがかるので、つい交番の前でずっと立ちっぱなしになってしまったが、本来ならばもう見回りに赴いている時間帯だ。
天化はいったん交番内の部屋へ戻り、聞仲と楊ぜんに声をかけようとする。


室内では、楊ぜんが聞仲と真剣な面持ちで何かを話し合っていた。


「聞仲様、あの先日の事件についてなのですが…被疑者の容疑について、聞仲様の見解はどう思われますか?」
「本人は容疑を否認しているようだが……状況や現場検証での証拠がそうではないと物語っている。ただ……決め手にかけるな。どれも決定的な証拠とは残念ながらなりえない。…楊ぜん、お前はどう思う?」
「証拠は十分とは言えませんが、一般的な視点で見れば、確かに現時点での一番の被疑者はあの人物以外にありえません。ですが…」
「だが…?」
「僕はあの人が嘘をついているようにはどうしても思えないんです。『どうして』…と言われると返答に窮するのですが…」
「お前の直観は鋭いからな」
「ただ…僕がそう思っても、その事件の取り調べの管轄は残念ながらここではないので、僕は何も出来ない。僕の中では何かがひっかかっているのですが…」
「――――そんなお前に朗報だ。実は今日、本庁から書類が来た。証拠が見つからなくてこれ以上埒があかなくなったらしい。これまでのお前の実績や頭脳から、違う視点での見解も入れて事件の更なる解明にあたっていきたいそうだ。楊ぜん、お前に特別に捜査に加わってほしいという特別要請が来た」
「本当ですか?!」
「――行くか?」
「もちろんですっ!」
嬉しそうに勢いよく返事をする楊ぜんに、その様子を見てふっと一瞬だけ微笑む聞仲。



「お話し中悪いさ」
天化は二人の話が一区切りしたところでドアの側からようやく声をかけた。
「何だ…?」
「どうかしたのかい?天化君?」


「俺っち、そろそろ見回りに行ってくるさ。ということで、こっちはよろしく頼むさ!」
「あ…もうそんな時間なんだね。天化君、気をつけて」


おだやかな楊ぜん。


楊ぜんの言葉に頷いてから天化が出ていこうとすると、「待て」と聞仲が引き止める。
「何さ?聞仲さん?」
「今日は自転車で行くのか?それとも歩きか?」
「歩きでいってくるさ。体力には自信もあるし、トレーニングにもなるさ」


「わかった。では、一つだけ約束だ。犯人がいたとしても、歩きだからといって決して逃すな。必ず捕まえろ」



いつでも、どんな時でも真面目な聞仲。
「あぁ、わかってるさ?」
歩きで見回りに行く時には必ず言われ、もう聞き飽きてしまっているが、天化は笑って返事をする。


「……だが、無茶はするな。自分一人では対処しきれんと思ったら、こちらに連絡を入れろ。すぐに私がいく。それまで大人しく待っていろ。今日はクリスマスだし、普段なら予期しないような出来事があるかもしれんからな。…気をつけていってこい」


しかし、部下のことをきちんと思ってくれるいい人だ。


「ありがとさ!!」


天化は聞仲に元気よく応えると、交番を飛び出した。







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