「あぁ…この年末年始にもかかわらず、俺はむなしく仕事か…。あぁ悲しいぜ…。やだなー。面倒だなー。やりたくない〜!」


遠くを見つめながらぼんやりしている武王に一喝でざっくりと容赦ない言葉を浴びせる。


「武王、そんなこと言っている暇があったら一分一秒でも早く仕事をしてください」
「うぅ…わかってんよ。そんなこと…。最低限年末までに終わらせとかないと、困るような仕事ばっかだからな…」
「そうですか。わかっているのなら結構です」
「う…相変わらずの厳しいお言葉…」
胡乱な目つきと対照的に、どこか人に緊張感を持たせるような面持ちの邑姜。
「よっす、二人とも。年末も相変わらず仕事なのかい?」
「あ…天化。久しぶり…」
「天化さん、お久しぶりです」
どこか死にかけた様子の武王に、涼しげな邑姜。
「年末年始だろうがなんだろうが当たり前のように仕事だよ…ま、いいんだけどよ。それが俺の仕事だしぃ…?」
「あー…」
天化は言葉を探しあぐねる。


姫発は桃源郷市の市長を務めて今年で三年目、邑姜はその有能な頭脳を生かして秘書をしている。
嫌だ嫌だと言葉では言いつつも、最近の姫発はやるべきことはきちんとやっている。
むしろ、仕事の量が膨大すぎて処理しきれず、体調を崩しがちになる程らしい。
ふと、姫発がその場で一瞬だけ瞳を閉じる。


「天化…俺がこういうことをお前に聞くのは、卑怯かもしれねえ。でも…お前は今、しあわせか…?」



何故だろうか。 今日は皆、こんなことばかり言っているような気がする。



「あぁ、しあわせさ!」



天化は満面の笑みで姫発に応じた。
「そっか…良かった。その答えを聞いてとりあえず安心したぜ。そうだよな…俺はもっと、今よりお前たちがしあわせになれるように頑張んなきゃいけないんだよな…」



すると、それまで黙っていた邑姜がスパンと姫発の頭をたたいた。



「痛ぇっ!」
「違います」
「何がだよっ!邑姜っ!」
「しあわせになるべきなのは『お前たち』だけではありません『あなた』も、そのしあわせになるべき一人の人間なんです。…ちゃんとわかってますか?」
問いかけるような邑姜の言葉に姫発は数秒間押し黙った後、邑姜の頭に乱暴に手を乗せた。
その大きな手にがしっと体重をかけられて邑姜の頭が一瞬沈み、彼女は抗議の声を上げる。
「ちょっと…!痛いんですけど?!」
「――自分のしあわせを率先してまず一番最後に持ってきそうなお前が何言ってんだか」
「私のことはどうだっていいんです!」
「ほら、すぐそう言う。よくないだろうがよ!普通、自分のことを一番に考えるもんで…」
「貴方だってそうです!大体、最近のその具合が悪い時に限って、『嫌だ、面倒、さぼりたい』などと適当に言って周りをごまかそうとするのはやめてください!」
「なっ!気づいてたのかよ!じゃあなんで言わないんだよ!」
「そっちが言わないから、こちらも気づかないふりをしたまでです!ついでに、言わせてもらいますけど、旦さまにもバレバレですよ!」
「なっに〜?!」



ぎゃあぎゃあと言い争う二人。



その二人を天化は苦笑しながら見ていた。



「あのさ、二人とも?」
「何ですか?」
「何だよ?」



危うくお互いつかみかかりそうな勢いの二人が同時に振り向く。



「一言、一般庶民…じゃねえか…一公務員の意見として聞いといてくれ。俺っちは、二人にもきちんとしあわせになってほしいさ。――王サマも仕事するのはいいけど、体を壊しちゃ元も子もないし、俺っちから見ると邑姜さんだってもうちょっと休んだ方がいいんじゃないかと思うくらいさ。たまには、どこか遊びにでも行ったらいいんじゃないかい?」





「……ありがとよ、天化」
「…ありがとう、天化さん」



周囲が和やかなムードになりかけたその時。
「――そうだ、カラオケに行こう!」
「「………は?」」



唐突に片手をポンと叩いての姫発の発言の真意を理解できず、邑姜と天化は目を丸くする。



「そうだ、邑姜。カラオケだ!カラオケに行こう!」
「カラオケ…聞いたことはありますが…」
突然すぎる提案に邑姜はめずらしくたじろぐ。


――へぇ、邑姜さんでもこんな風にうろたえることってあるんさね。


邑姜の歯切れの悪い様子を見て、天化は何だか新鮮な気がした。
天化の思いをよそに、二人の言い合いは続く。


「やっぱりな!お前、カラオケ行ったことないなんて、人生の半分損してるぜ?!」
「まさか、いくらなんでもそれは言いすぎだと…というかいくらなんでも唐突すぎませんか?」
「気にするな!んなことねぇ!絶対損してる!」
「第一、カラオケって人前で歌うんでしょう?!私は人前で歌うのは…!」
「んなの気にしないでじゃんじゃん歌えばいいの!楽しけりゃいいの!それがカラオケ!それが遊び!」
「別に私は行きたくありません!」
「そんなことを言わずに行こうぜ!一緒に!!今決めた、誰が決めた?俺が決めた!!よし行こうっ!!」
「行きません!」
「行く!!」
「行きません!!」
「行く!!!」
「でも…!」



「絶対楽しいって!この俺が保証する!!」



さあと片手を差し出す姫発に数秒間ためらいを見せた邑姜だが、最終的には根負けしたのか、それとも多少は納得したのかその手をとった。


「もう……強引な人ですね。まぁ…あなたがそう言うのなら…」
「よっしゃ決まりっ!」
「…でも、仕事は…?」
「あぁもう、わかってるって!じゃあカラオケ行くためにもとっとと仕事終わらせなきゃな!うっしゃあ!やるぜーっ!!」



いきなりやる気満々の姫発に邑姜は微苦笑した。



「まったく…単純な人なんですから…貴方ったら…まぁ、私も出来る限り手伝いますから」
「いってらっしゃいさ!」



天化は心からの笑顔で姫発と邑姜を見送った。










「天化、久しぶりだな」
「天化くん、お久しぶり〜ん♪」



男性の腕に自分のすらりとした腕を絡め、並んで歩いてきた仲睦まじい様子の男女は紂王と妲己。



「紂王と妲己…」



うっと心中で怯みつつ、天化は少々苦い表情をする。


どうにも天化は正直な所この二人が苦手である。
妲己はもちろんのこと、紂王がなぜこのような女性を好き好んでていつも一緒にいたがるのかが天化にはどうしてもわからないのだ。


「息災にやっておるか?」
「あぁ、おかげさまで毎日元気にやってるさ。――ところで、これから二人してどこに行くんだい…?」
向こうから話題を振られると、どうにも答えづらいことを聞かれることの方が多いので、天化は思いきって先に尋ねてしまう。
「うふん、これから二人でお買い物に行ってくるのよん?ねえん?」
「あぁ」
頷く紂王。
「妲己…あーた、いっつもいっつも欲しいものばかり言って紂王にねだって……我儘もいい加減にするさ!!」



天化は怒りをあらわにする。


「いいのだ、天化。それでも予は妲己のことが…」
「紂王、あーたは妲己に利用されているのさ!」



天化にとって妲己は最初から自分には理解の出来ない人種なのだが、どうにもこのいかにも思慮深く賢そうな紂王がこのような女性と一緒にいるのかが理解し難い。



「妲己!お前、いい加減紂王にたかるのよすさ!お前みたいなのを悪女っていうんさ!」


「いや〜ん、天化ちゃん怖い〜ん!」



妲己は妲己で、毎度のことながら面白半分に反応する。



それがまたさらに天化をいらだたせた。
「この…」
妲己に食ってかかった天化を諌めたのは、天化には被害者としか思えない…他でもない紂王本人であった。
「天化、予は気づいたのだ。妲己は様々なものを欲しがる。それはたしかに本当のことだ。だから予は考えた。……ならば、妲己が欲しいものを全て買ってやれるような男になればいいのだと」



天化は目を見開く。



「予は、妲己のことが好きだ。だから、妲己が望むことは全て他の誰でもなくこの予が叶えてやりたいのだ。予自身の力と財力で。いつまでも、予は妲己と一緒にいたい…妲己なしでの人生などもう、予は考えられないのだから」



それだけ正面切って言われてしまうと、天化は何も言えなくなった。


「………ふうん……そうかい。……で、これから一体何を買いに行くわけ…?」



はあ、と軽くため息をつきたい気持ちを抑えて感心半分、呆れ半分で尋ねる。


「指輪よん♪」



やっぱり予想通り高価な物品だ。指輪かい。



「あぁ、結婚指輪だ」



指輪ねぇ。指輪。


「え…」
「そうなのん♪実は今度入籍することになってえ〜。わらわはずっと前から結婚指輪が欲しかったのよん〜♪」



けっこん指輪……?結婚指輪?!



「一緒に住む家は用意したのだが…指輪はなかなか買ってやれなくて。すまない、本当に待たせたな、妲己」
「もう、紂王さまったら遅いんだからん!ばかばかん!まぁいいわん?そのかわり、とっておきの素敵な指輪、買ってねん?」
「…ああ、妲己。もちろんだ」



あっけにとられている天化をよそに、紂王と妲己は別れの挨拶を告げた。



「では、そういうことだから今日はこれで失礼する。またな、天化。」



「じゃあねん、天化ちゃん♪」
「………あ…、あぁ……」



きゃいきゃいと楽しそうにはしゃぎながら買い物への道を行く二人。
天化はしばし呆然と見送った後、あっと気がついた。


「しまった。…二人におめでとうって言うの忘れたさ…」


あまりにも急な出来事についあっけにとられてしまった。
「あ〜。びっくりしたさ〜。でもいずれにせよ、……めでたいことやね」
妲己と紂王との愛の形というのは――特に紂王のあの妲己に対する無限の愛情は――天化には理解し得ないものであった。
しかし、二人が幸せであるならばそれはそれで良いのだろうと思った。



――うん、きっとそうさ。そうに違いない。



おめでとうの言葉と共に、今度二人にでも結婚祝いのプレゼントでも贈ろうか。
一体、何がいいだろう。 天化は青空を見上げながら思いを馳せる。
妲己が少しでも料理をするように(たとえ、プレゼントしても妲己自身が料理をするかどうかは甚だ怪しいが)、便利な調理器具のようなものでもいいかもしれない。
二人につい言いそびれてしまった言葉を、天化はとりあえず空に向かって伝えた。



もしかしたら、今未来に向かって歩き出しているあの二人にも届くかもしれないように。





「お二人とも、おめでとさん!!」









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