「聞仲様」
「聞仲様」
「聞仲様」
「聞仲様〜」
遠くにたたずんでいるあの鬼警官の聞仲の側から珍しくはしゃぎ声が聞こえる。それも多数。
――ああ、あれは…。
四聖と聞仲である。聞仲の周りにわやわやと集まり、笑顔で何事かを話している。
一見あんな怖い人なのによくもあの4人は聞仲の側に好き好んでいられるな…と昔は天化は思ったものだったが、今では何となく理由がわかる。
聞仲は、飾らない人柄だ。そして、決して嘘をつかない、裏切らない。
誠実に接すればその分相手に対しても誠実に接する人だ。
また、こちらの意図を全く汲んでいないように見えてきちんと大事な部分ではきちんとわかってくれることも多いのだ。
何事かを聞仲と四聖が話しながら、何やらやりとりをしている。
どうやら、聞仲がどうにもたじろいでいるように見えるのは天化の気のせいか。
数分後、聞仲が交番に戻ってきた。
「おかえりなさいさ、聞仲さん」
「あぁ、ただいま帰った。天化」
聞仲の手にはなぜか警邏の時にはなかったであろう大きな紙袋が下がっていた。
「それ……何さ?聞仲さん」
「――…」
しばしの沈黙。
「クリスマスプレゼント…だ、そうだ……四聖からの」
「ク…っ?!」
なんて聞仲さんに不似合いな言葉さ!!
…と天化は喉の手前先まで言葉が出かかったが、どうにか飲み込んだ。
普段なら、誰彼かまわず思ったことを言ってしまう天化であるが、この人に限ったら言ってしまったら後が怖い…ような気がする。
根拠はなかったが、天化は本能的にそう思った。
「……ふぅん。それで…何をもらったさ…?」
内心の動揺を押し隠し、天化は何気ないふりを努めて聞仲に尋ねる。
「実はまだ開けていなくてな…私は何もお返しを用意していないのに、プレゼントをそのまま四聖に持たされたのだ」
「じゃあ今、開けてみたら?」
「だがしかし、今は勤務中だ。開けてみる訳にはいかんだろう」
天化はあきれる。
「…って言ったって、あーたのは自主的残業だから本来の勤務時間はもうとっくに終わってるさ。だから気にすることないさ!さっ!開けてみるさ〜!」
「…………まぁ、たしかにお返しも考えないといかんことだしな…開けてみるか……」
いったん交番の中に引きこもり、聞仲はテーブルの上に紙袋の中身を一つ一つ丁寧に取り出す。
聞仲が大多数の周囲が思っているよりも、実はずっと細やかな神経を持ち合わせていると天化が感じるのはこういった時だ。
「?…なぜ天化、お前まで見にきているのだ?お前はまだ勤務中…」
何気なく後ろをついてきて中身を見ようとする天化に聞仲は疑問を投げかけた。
しかし、そこでうろたえたりしないで、明るく返してしまうのが天化のいい所である。
「まぁ、細かいことは気にしないさっ!」
「まったく…そういう所はやはり飛虎に似ているな」
ふっと笑う聞仲。
紙袋の中にはさらにラッピングして包まれたプレゼントが四つ。
箱のサイズはまちまちである。
手始めに一番大きなものを手に取って、聞仲はラッピングを開けてみた。
――もうそろそろ聞仲様も体にご負担がかかるご年齢。いつでもきれいな水が飲める浄水器です。これを使って、いつまでも格好いい聞仲様でいてください 高友乾より――
「「………」」
二人とも思わず無言になる。
続いて二つ目。
――中年になると、余分なお肉がつきやすいですよ。僕の家にあるのとおそろいのバランスボールです。休みの日はこれに乗って運動をして、いつまでもかっこいい聞仲様でいてくださいね! 李興覇より――
無言で聞仲は三つ目を開ける。天化も何も言わずに見守る。
――警察官として長くお勤めですと、色々なご苦労もあるでしょう。どうか、たまにはこの盆栽の緑でも見て、聞仲様の硬くなった心を和らげてください。 楊森より――
四つ目…。
――迷いました、いったい何をプレゼントしたらいいのか、どうしたらいいのか。結局考えたんですけれど、これにしました。『差すぞ!!』です。自転車で傘を差す時に、サドルにこれを止めて傘をはめると、手で傘を持たなくてもいいらしいです。便利かと思い、こちらの商品を選びました。聞仲様はいつもご無理をしがちなので、これで雨の中濡れなくてすみます。お体には十分お気を付けてくださいね! ――王魔より
人にあげるプレゼントなのに、微妙なものが多すぎる…と天化は思った。
いや、浄水器と自転車用傘立て(?)はまだ実用的でいいとしても…。
盆栽かい…。
「ふむ…一体お返しは何にしたらいいと思う?黄天化」
「ごめん…聞仲さん。俺っちは四聖さんのことをよく知らないから、正直な所どうしたらいいのかちょっと俺っちにはわかんないさ…」
あくまで真面目な聞仲に、天化は逃げに転じた。
なぜなら、このようなものをプレゼントしてくる人たちの趣味はちょっと天化には理解しがたいからであった。
「そうか…すまないな。変なことを聞いて」
「いや…大丈夫さ」
天化の四聖への見解がちょっと改まった瞬間でもあった。
「普賢さん、公主。お久しぶりさ!」
のんびりゆっくり二人で歩いてきた普賢と竜吉公主に天化は声をかけた。
「久しぶり、天化君。仕事の調子はどう?」
「久しぶりじゃのう、天化」
にこにこ。にこにこ。にっこり。
相変わらず独特ののんびりな空気が流れてる人たちやねぇ…などと内心天化は思いつつ、「仕事の方は大丈夫さ。それよりも、俺っちは普賢さんの仕事の方が正直心配さ。えっと、何だっけ?心療内科…だっけか?のお医者だろ?色々な人の話聞いてて、大変じゃないのかい?」
「そうだね…。うーん…正直、大変じゃない、と言ったら嘘になるかな」
普賢はこの桃源郷通りに唯一一軒だけ存在する小さな心療内科の医師であり、竜吉公主は普賢の傍らで看護士を勤めている。
心療内科とは心に病を抱える人たちがやってくる場所である。
まるで、どこかに思いをはせるように空を見上げながら普賢はゆっくりと言葉を探す。
「話を聞いていると時々こちらまで引きずられてしまいそうになることはあるし」
このご時世、普賢の経営する心療内科には診療時間内に毎日あふれかえる程患者がやってくるらしい。
そうした人々の話を一人一人普賢は親身になって聞き、笑顔で応対する。
――大丈夫ですよ、今までよく頑張りましたね。少し、ゆっくりしましょうね。
「じゃああーたが心の病気になったらどうするさ!俺っちは心配さ…」
普賢はやさしい。
誰でも。どんな者に対しても。
そしてそれは人間だけに限らず、動物や植物までにもそのやさしさを傾けている。
だから普賢は天化はまるでこの天使のような人が、逆に無理をしすぎないのか心配なのだ。
自分のことよりもいつも他人のことばかり気にかけて、心配している。
そして、それがまぎれもなく彼にとっては当たり前で、日常なのである。
何かあったらまず第一にこの人は他でもない自分自身を切り捨ててしまう――。
そんな気がして…。
でも、そんな天化の心配をよそにあははと普賢は軽くこともなげに笑う。
「でもこれが僕の決めた道だから。悲しみに包まれている人を僕は一人でも多く救いたいんだ。うーん…救う、なんていうとちょっと傲慢な気もするけれど…。みんな、誰も悪くなんかないんだよ。本当に。僕の所に来る人たちは友達関係の問題や、職場の上司の心無い言葉や心理的圧迫、それに過酷な労働状況で寝る時間も取れなかったりする人たちがくる」
「……」
天化は自分に置き換えて考える。今のこの職場…。
ちょっと怖い上司の聞仲や、頭脳明晰だし間違いなく良い人ではあるがちょっと変な所もある楊ぜん、いつも元気いっぱいの蝉玉。かなり濃いメンバーではあるが、意地の悪いような者は一人もいなく、結構楽しくやっている。
――そりゃ時にはちょっとは不満に思うこともないにはないが…。
「人は心が弱いということを大体は悪いことっていうけど、どうなんだろうね。自分がどんなに苦しくても、自暴自棄になって周りに危害を加えたりしないで、最後に自分の心を閉じ込めてしまう人たちが、本当に悪いのかな…?毎日、泣いて悲しんでばかりいる、んな人に『君が悪いんだ!』なんて天化君は言える?」
普賢はいつも答えを言ってしまうのではなく、こちらに考えさせるようにそっと尋ねてくる。
まるで、謎解きの答えは自分で探せというように。
もしも自分ではなく、母や天祥が何らかで心の病にかかってしまったらどうだろう。
天化は考えてみた。
いつも泣いてばかりの賈氏や天祥…。
悲しみで心を閉じ込めてしまう自分の家族を考えるだけで天化は胸が軋んだ。
「そうさね…。たとえば俺っちの見知った人がそういう状況になったとしたら絶対そんなこと言えねぇ…ていうか普通、人間だったら…」
「うん、普通はそう思うよね。……でも、中には…」
どこか悲しそうに微笑む普賢が、途中で途切れさせた言葉の意味を悟って天化は黙り込む。
すると、これまで話を聞いていた竜吉公主が口を開いた。
「天化…残念ながら世の中にはそうじゃないこともたくさんあるのじゃ」
「……そういえば、竜吉公主は…」
「――あぁ」
竜吉公主はたしか最初に大きな病院に看護士として就職したはいいが、夜勤や女同士の人間関係やらで一時期ひどく疲れ、外出もままならないことがあったらしい。
「その時にも周りからは色々なことを言われたよ。もう、自分ではどうすればいいのかわからなくなってしまった…そんな時、燃燈に普賢のやっている病院を勧められたのだ」
「あの時は大変だったね、公主」
普賢と竜吉公主は顔を見合わせる。
「うむ…でも、おかげで普賢にも色々な話を聞いてもらい、そしてあれだけ一時期は駄目になっていた私を最終的にはお主が看護士として、新たに病院に迎え入れてくれた。……言葉では言い足りないぐらい感謝している。今でも体が思うようにいかず、休んでしまうこともあるが…」
「いいんだよ、公主。公主は心の優しい人だから」
普賢はやわらかい微笑みを浮かべる。
まるで、この世の悪いものすべてを溶かしてしまうようなあたたかな笑顔だ。
この人の笑顔は、人を安心させる、やさしい気持ちにさせてくれる何かがある。
「人と接する仕事って心が一番大事だと僕は思うんだ。だから僕は公主を看護士として迎え入れたかったんだ。本当にいつもよくやってくれて、ありがとう。患者さんの中には公主がやさしくしてくれて嬉しかった…なんていう人もいるんだよ?小さい病院だから、お給料が前と比べて下がっちゃっているのが申し訳ないけどね」
あははと二人は楽しそうに笑う。
大変な仕事だろうと天化は思う。
でも、二人がその道に生きようと決めたのは明らかだった。
そして、大変ではあるだろうが、この道は二人にとってとてもあっているように天化には思えた。
「まぁ、とりあえず体だけには注意してな。医者の不養生とはよく言ったもんだろ?たまには休憩くらいしろよ?」
「うん、だから今から一緒に公主とお茶をしに行くんだ。ね、公主」
「ああ。何でも新しい喫茶店が出来たとか普賢がいうので…」
普賢と竜吉公主はまたいつものまったりな空気にあっという間に戻ってしまった。
「ふうん…そうさね…」
「ちょっと待ったぁ!!」
すると、どこかから聞こえてきた大声に三人は話を止め、周りを見回す。
五メートルほど後ろからだだだだだと、後ろから全速力で走ってくるものがいる。
「あれは…」
「燃燈!」
――シスコン燃燈さんの登場さ…。
「普賢!私に黙って異母姉様と二人でお茶をしにいくとは何事か!太陽やこの世界や時代が許そうともこの私が許さぬっ!!」
いつもながらこの熱血ぶりで疲れないのかと天化は時々甚だ疑問に思うことがある。
「燃燈さん!お久しぶりです」
対する普賢はあくまでマイペースである。
「話をそらすなっ!普賢!たしかに私はお前の病院を異母姉様に紹介はしたし就職をしたこともいいとは思っているし、感謝もしている。が!二人で一緒に出かけるのを許した覚えはないっ!」
「ちょうどよかった!じゃあ燃燈さんもご一緒に行きましょうよ」
「何と言われようと二人っきりでお茶になど行かせないぞ!わかったか?わかったな!普賢っ!!……て、…ん?」
予想外の普賢の反応に目をぱちくりさせる燃燈。
「人数多い方が楽しいですよ、よろしければ是非ご一緒出来ると嬉しいです」
にこにこ。
「そうじゃ!燃燈も一緒に行こう!」
竜吉公主もそれはいい考えだと顔を輝かせる。
「う…うむ…。そうか…。それでは私も一緒に行くとするか…」
毒気を抜かれた燃燈。
天化は内心で笑いたい気持ちをどうにか抑える。
シスコン燃燈もこの普賢にかかれば形無しのようである。
「この前新しい喫茶店が開店したらしいんです。趙公明という方と雲霄三姉妹という方がやっている『ヴェルサイユのユリ』ってお店なんですけどね…。きれいなユリがいっぱいお店の中一面にあるらしくて…。今回は開店記念にプレゼントをもらえるらしいですよ。家にチラシが入っていたんです。毛玉のかわいいぬいぐるみと銀色の宇宙人のぬいぐるみで。二つとも、とってもかわいかったから、きっと二人とも気に入ると思います」
「う…そうなのか。ふむ、…それは…楽、しみ…だな…」
「私はぬいぐるみには興味はないが…まぁ普賢がかわいいというものならそれなりのものなのだろう」
微妙な顔をする竜吉公主とは対照的に燃燈はちょっと嬉しそうな様子である。
天化と竜吉公主は普賢が気づかないように、こっそりと顔を見合わせると二人で苦笑いをする。
この天使のようなやさしい普賢。
その普賢の唯一の弱点は……。
「ごめんね、天化君。天化君には渡せなくって…。そのうちまた新しいプレゼントがもらえるらしいから、その時は天化君にあげるね。次はたしか趙公明店長直筆の漫画本って言ってたかな…?天化くん、漫画好きだよね。とっても面白そうな内容だから、今度会ったら…」
普賢は天化に心底申し訳なさそうに手を合わせる。
「いや!全然気にしてないからいいさ!大丈夫さ!!気持ちだけありがたくもらっておくさ!!!」
――そう、天使の普賢の唯一の弱点はどうにも趣味があまりよろしくないということである。
「とりあえず、早くいかないとその店混んじまうかもよ?!いってらっしゃいさ!!」
「え、でも…」
「ばいばい!さよならさ!普賢さん、竜吉公主、燃燈さん!!いってらっしゃいさっ!!」
まだ何か言いたげな普賢を半ば強制的に天化は見送った。
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