困るくせに――。


 風流を愉しむ申公豹は折々に山野や水辺に腰を下ろす。
 そんな時には気紛れに人間の子供の相手をしたり、仙道らしく自然と調和して警戒心の強い小鳥などをその身に集らせたりする。
 『最強』の渾名に恥じぬように大人物を装っているけれど、本当は遊ぶことが好き。
 申公豹を申公豹と認識することが出来るようになる前の、幼けないものには慈愛を向けられる。
 ボクが、その慈愛の対象から外されたのは何時だっただろう?

 春という季節は余り好きじゃない。
 色々、我慢することが多い。簡単に言うと『発情期』というヤツ。
 霊獣は、妖怪ほど理性の箍が緩いわけではないけど、仙道ほど無欲の檻に囚われているわけではないから。欲求に逆らうことは、当たり前に辛い。
 だから、それでなくたって苛々している。
「仙人にならないまでも、人間の姿になってみたいとは思わないんですか?」
 不意に、申公豹が呟いた。
 夕刻前の短い時間、子守りや野良の雑務から解放された子供達と少し遊んだ。人間の子供がうろうろするような場所に居たのは、花を愛でるにはその方が良いと申公豹が言うからだ。人里に近い方が適当に手入れされいて、野趣も忘れていないから良いらしい。
 空の色が変わる頃に彼等から解放された後、申公豹は散り始めた山桜の大樹の枝に腰掛けて茫としている。
 茜に沈む山間の集落を眺めている。
 そして、埒もないことを口にする。
「人間の姿になれば……出来なくなることもありますけど、出来るようになることも多いですよ」
 誘惑する気もない。ただ散る桜と暮れなずむ世界に酔っているだけ。
 何時もなら思っていても口に出さないことを、春と言う季節が言わせるのだ。
 世界の多くのものが誕生する季節に、発情期のない人間が何に触発されるのか知らないけれど、人間達は変化を見たがる。大抵の人間は自分達のそんな習性には気付かずに、無邪気に『何時も通り』のつもりで春を過ごしている。
 そんな申公豹の言葉に意味なんてない。
「黒点虎?」
 山桜の根元に丸まったまま何も言わないでいると、名前を呼ばれる。
「……寝ているのですか?」
 返答の催促に、今までとは違う答えを返してやろうか、と思った。
「思わないよ」
 実行しなかったのは、思う様をぶちまけてみてもやはりもう申公豹の傍には居られないからだ。
「申公豹。その質問好きだよね」
 意趣返しのつもりで言うと、頭上に笑みが落ちた気配があった。
「だって、貴方ならさぞかし美男子だろうと思うじゃないですか」
「美男子じゃなくてがっかりされたら嫌だから、人間の姿になんてならないよ」
 今度は、笑い声が立つ。
「いいえ。必ず美形です。私が請け負います」
「そういうの『欲目』ていうんだよ」
 申公豹の楽し気な雰囲気に飲まれて少し面白くなって、言葉の最後が笑ってしまった。
それが終わりの合図だとでもいうように、申公豹はまた黙る。
 遊んで日が暮れて一日は終わり。


 そんなの嘘。
 遊んで日が暮れたら夜が来る。
 ボクの姿が人間で、ボクの掌が物を掴むことが出来て、ボクの爪がキミを傷付けないなら、ボクはキミと、人間と同じことをする。
 獣のボクにとってその季節は春、人間のキミにとってその時間は夜――。
 苛々しているボクはキミを困らせて、キミは泣いてしまうかも知れない。けれどきっと泣いているキミを見てボクは一層苛々する。これはそういう類のもの。
 申公豹が人間のボクとどんなことをしようとか夢想しているのか知らないけど、そんな綺麗なものにはならないよ。





written by ネユキ様

作者様コメント:
最強チャット〜BL編〜が終わって二時間くらいで書いて、推敲せずに投稿しているので
おかしな所があっても見逃して下さい……。
BGM『 RGB 』新居昭乃

[14年 04月 06日]