(あ…圧死するかも…。)


上空から落下してくる道化服をみながら寝ぼけた頭でぼんやりとそう思っていると、仙人界最速の躯が目の前を横切り道化服を攫っていった。
一瞬遅れて巻き上がった風が髪を乱していく。
ゆっくり起き上がりながら顔にかかってしまった邪魔な髪を直していると、慌てた様子の霊獣が主人を背負ってこちらを向いた。


「老君たいへん!」
「…どうしたの黒ちゃん。」
「申公豹熱があるみたい!」




****





「最強の道士さまが、意識飛ばすほど風邪をこじらせるとはねぇ。」
「…嫌味ですかそれは。」


発熱した身体を横たわらせた寝台の傍に腰掛けながらそういうと、申公豹はうっすらと目を開いてそう答えた。
いつも強気な群青色の目は何とも覇気がない。
おそらく数日前から熱が出ていたのだろうが、放っておけば治るだろうと高をくくっていたらしい。
ポーカーフェイスも度が過ぎているから、黒点虎も全く気がつかなかったようだ。
今は疲れて眠ってしまったが、先程まで慌てふためいていた黒点虎の姿が目に浮かぶ。
霊獣が心配していたと告げると、そうですかと幾分申し訳なさそうに申公豹が呟いた。
そうして気怠そうに寝台から身体を起こし始める。
寝てなよ、と声を掛けるがそんなに重症じゃないと一蹴された。
眩暈がするのか頭を押さえながらそんなことを言うものだから溜息の一つも吐きたくなる。
まぁでも強がりなのはいつものことかと苦笑して、サイドテーブルの小鉢に手を伸ばした。


「さて、申公豹。」
「…なんです。」
「はい、これ。飲んで。」


小鉢に入ったものを見るなり、申公豹はあからさまに嫌な顔をした。
器をじっと見つめて、ふいっと顔を逸らしてしまう。


「こんなもの飲まなくても治ります。」
「放置してたから倒れたんでしょう?」


ほら、と小鉢を差し出すとその分申公豹の頭が引っ込む。
よっぽど飲みたくないらしい。
器の中身は、申公豹が意識を飛ばしている間に作った風邪用の煎じ薬だった。
臭いと味は酷いが、効能は折り紙つきだ。


「いやですよ。貴方のこれ、すっごく不味いんですもん。」
「良い薬は苦いものだよ。」
「それはそうですけ、っ…けほ、けほ」
「ああ、もう、ほら。」


咳き込んだ背中を撫でて、下唇をゆっくりと押し下げた。
目の前に少し驚いた申公豹の顔がある。


「な、に…」
「いい子だから、」


言うことを聞いて。
そう言って薬を自分の口に含んで申公豹の唇に押しあてた。
隙間から流し入れるとくぐもった声が漏れる。そのまま舌まで差し込むと、口腔内は思っていたよりずっと熱かった。
ほんとは身体なんて起こせないくらいの高熱だ。
心配されるのが嫌なのか、どうなのか。
申公豹の真意は良く分からないが、こんな時くらいもっと甘えればいいのになぁと思う。
少し震えて、私の服にしがみついている華奢な手を上から掌で包み込む。
強張った手がゆっくりと弛緩していくのを感じながら口の中に余った薬を喉の奥まで流し込み、嚥下の音が聞こえたところでようやく口を離した。


「っ…にがい…!」


きっと他に言いたいことはたくさんあるんだろうけれど、それだけを短く告げると申公豹は頭まで布団をかぶって寝てしまった。
少しだけ覗いた耳が染まっているのが見えて、まぁそういう素直じゃないところが好きなんだけれどね、と君には聞こえないように呟いて笑った。




written by ニキ様(TELANTHERA

[12年 12月 10日]