予はこの世に生を成した時から、須く王である宿命を負っていた。

初めは居たらしい親兄弟は、予が物心つく前に死別しており、気づいた時には玉座についていた。

子供であるより、男であるより、王であった。

周囲も其のように扱い、自分でもまた王として相応しくなれるよう、武芸や学問に勤しむ。

しかし、周囲の期待に応えるほど、予と周囲の間には深い溝が刻まれていくようであった。

『お見事です、陛下!!』
『紂王陛下万歳!』
『流石、この国の王でございます!』

臣下から賞賛されるたび、予は遠ざけられている気がしてならなかった。

『貴方なら何れは後世に名を遺す賢君と成られるでしょう。私も安心して前線へ向かえます』

歴代の王の教育係であった聞仲が、満足そうに頷いて出ていく。

彼は予の孤独に気付くことはなかった。

王とは一体なんなのだ。

皆が予を神の様に扱う。

皆が予の命令に従う。

まるで、間違いなどないように。

『陛下…王とは孤独なものです』

西伯侯に封ぜられた姫昌が言っていた。けれど、彼でさえこの孤独を癒す術を教えてはくれなかった。

予は、周囲にヒトとして認識されていないのだと…理解してしまっていた。

唯一、ヒトに戻るのは、女を抱いているときだけ。

女はいい。

柔らかく優しく、その肌に触れている間だけ、孤独が癒される。

当然のように、予は女に溺れた。

政略結婚によって娶った姜妃は堅い女だったが、それでも大切に抱いた。

姜妃が子供を身籠れば、後宮で別の女を抱く。

王であるが故に、困りはしなかった。

女であれば誰だろうが構わなかった。

女もまた、予を王という符号でしか見なかったからだ。

しかし、ある時。

『紂王さまぁ〜んっ、そんなお顔してぇ、寂しいのかしらん?』

予の前に、妲己が現れた。

妲己は、予を、ヒトとして扱ってくれた。

『可哀想な紂王さま。妾は傍にいるわん』

妲己は、予の孤独を理解してくれた。

『妲己…だっき…予にはそなただけだ』

抱きながら、妲己の深い懐に抱かれる。

妲己の甘い薫りに、意識が混濁する。

『くすくす…紂王…本当に憐れなお人だわん…』

あぁ、妲己が笑っている。

言葉は既に微風のように通り抜けて意味を為さぬ。

『この国を滅びへ導くため、歴史に選ばれた生け贄…最期の王さま…人民はあなたの屍を喰らって生きていくのねん』

愉しそうに頭を撫でられる。
心地好い。まるで、噂に聞く母のようだ。

こうして、ヒトの様に、愛されてこそ民を愛せると云うのに。

予は妲己以外の愛を知らぬ。

『妾が復讐させてあげるわん…全てを喪うことになるんだから、そのくらいはしないとねん…もっと、欲望に忠実に生きていいのよん』

そっと、抱き締められる。
あぁ、そなたはやさしいな。

臣下や民は予に従ってくれたが、誰も寄り添ってはくれなかった。

『寂しくなんかないのよん…妾は死ぬまで紂王さまのお側にいるからん』

そうか、そなたが居るゆえ、予は死ぬまで孤独ではないのだな。

『さぁ…誓いの口付けを』

予は、赤く甘い果実のような唇を吸った。

例えそれが毒であると分かっていたとしても、飲み干してしまわずにいられなかった。

堕ちる先に、そなたが居てくれるなら。

神でさえ恐れはしない。



written by willow様(ほわいと†ごーすと

[12年 08月 28日]