written by willow様(ほわいと†ごーすと)
[12年 08月 28日]
予はこの世に生を成した時から、須く王である宿命を負っていた。 初めは居たらしい親兄弟は、予が物心つく前に死別しており、気づいた時には玉座についていた。 子供であるより、男であるより、王であった。 周囲も其のように扱い、自分でもまた王として相応しくなれるよう、武芸や学問に勤しむ。 しかし、周囲の期待に応えるほど、予と周囲の間には深い溝が刻まれていくようであった。 『お見事です、陛下!!』 『紂王陛下万歳!』 『流石、この国の王でございます!』 臣下から賞賛されるたび、予は遠ざけられている気がしてならなかった。 『貴方なら何れは後世に名を遺す賢君と成られるでしょう。私も安心して前線へ向かえます』 歴代の王の教育係であった聞仲が、満足そうに頷いて出ていく。 彼は予の孤独に気付くことはなかった。 王とは一体なんなのだ。 皆が予を神の様に扱う。 皆が予の命令に従う。 まるで、間違いなどないように。 『陛下…王とは孤独なものです』 西伯侯に封ぜられた姫昌が言っていた。けれど、彼でさえこの孤独を癒す術を教えてはくれなかった。 予は、周囲にヒトとして認識されていないのだと…理解してしまっていた。 唯一、ヒトに戻るのは、女を抱いているときだけ。 女はいい。 柔らかく優しく、その肌に触れている間だけ、孤独が癒される。 当然のように、予は女に溺れた。 政略結婚によって娶った姜妃は堅い女だったが、それでも大切に抱いた。 姜妃が子供を身籠れば、後宮で別の女を抱く。 王であるが故に、困りはしなかった。 女であれば誰だろうが構わなかった。 女もまた、予を王という符号でしか見なかったからだ。 しかし、ある時。 『紂王さまぁ〜んっ、そんなお顔してぇ、寂しいのかしらん?』 予の前に、妲己が現れた。 妲己は、予を、ヒトとして扱ってくれた。 『可哀想な紂王さま。妾は傍にいるわん』 妲己は、予の孤独を理解してくれた。 『妲己…だっき…予にはそなただけだ』 抱きながら、妲己の深い懐に抱かれる。 妲己の甘い薫りに、意識が混濁する。 『くすくす…紂王…本当に憐れなお人だわん…』 あぁ、妲己が笑っている。 言葉は既に微風のように通り抜けて意味を為さぬ。 『この国を滅びへ導くため、歴史に選ばれた生け贄…最期の王さま…人民はあなたの屍を喰らって生きていくのねん』 愉しそうに頭を撫でられる。 心地好い。まるで、噂に聞く母のようだ。 こうして、ヒトの様に、愛されてこそ民を愛せると云うのに。 予は妲己以外の愛を知らぬ。 『妾が復讐させてあげるわん…全てを喪うことになるんだから、そのくらいはしないとねん…もっと、欲望に忠実に生きていいのよん』 そっと、抱き締められる。 あぁ、そなたはやさしいな。 臣下や民は予に従ってくれたが、誰も寄り添ってはくれなかった。 『寂しくなんかないのよん…妾は死ぬまで紂王さまのお側にいるからん』 そうか、そなたが居るゆえ、予は死ぬまで孤独ではないのだな。 『さぁ…誓いの口付けを』 予は、赤く甘い果実のような唇を吸った。 例えそれが毒であると分かっていたとしても、飲み干してしまわずにいられなかった。 堕ちる先に、そなたが居てくれるなら。 神でさえ恐れはしない。
written by willow様(ほわいと†ごーすと)
[12年 08月 28日]