夏野菜を育てよう! ~仙人たちの井戸端会議~
「いやぁ、それはないでしょ」
「いや、それはないだろう」
すっかり食べごろに育った胡瓜を籠に抱えて乾元山に持ってきた玉鼎。
彼は先日楊ぜんとあった出来事を、至極真面目な顔をして太乙と道徳の二人に話す。
「まぁ植物のことは私は範疇外だけど、たしかに良い言葉をかけると、植物だってそれに反応するかもしれない。でも、それは長期的に見通すと、よりよく育つってだけの話じゃない?普通に考えたって、すぐに言葉を言ったその瞬間に大きくなる訳がないよね。一日の研究の成果だけで天下無敵の宝貝が出来ないように、いくらやさしい言葉をかけたとしたって同じことさ」
「うーん…その子の言いたいことは何となくはわかるんだけど、やっぱり自身の筋力や戦闘力の向上だって、毎日欠かさずのトレーニングあってこそのものだからね。一日でそんなになるとはさすがに思えないな。スポーツ大会を行うならまず日々の鍛練から!そんなすぐに成果が出るようじゃ、それはスポーツとは言えないさっ!」
「道徳、道徳。話が若干それてるよ」
隣で耳打ちする太乙に、「あ、そっか。いつの間に…」と目を丸くする道徳。
円形の座卓を囲み、12仙でもある三人は、くつろぎながら思ったことを仲間とざっくばらんに言い合う。
普段は他の道士や仙人たちの手前もあり、それぞれがなかなか自分の真意を口に出すことはないがこの三人の中では別である。
なので、最もな反応を示す太乙と道徳に対して、玉鼎は否定をしようともせずに、そのまま深く頷いた。
「ああ…私も今まではそう思っていたよ。そんなことはありえないと今までの私ならきっと言いきっていた。だが…」
玉鼎は薄く目を閉じ、あの時の楊ぜんのはしゃぎまわる様子を頭に思い浮かべた。
自分の言葉で植物が成長したのだと報告しにきたあの子。
素敵な言葉をたくさんかければ、もっと大きくなるかと期待に小さな胸をいっぱいにふくらませていたあの幼い弟子。
「あの子は自分が言葉をかけてやったから、胡瓜が成長したと思った。ならば別に、それをわざわざ私たち大人がそうではないと勝手に決めつけて、否定をする必要はないのではないかと。何故なら、あの子にとってはそれが紛れもなく真実であり、本当だったのだから」
目に見えないけれど、それ以上に大切なことがこの世にはきっとまだまだたくさん存在するのだ。
「「…………」」
薄く目を閉じたままで、弟子とのやりとりに思いを馳せた玉鼎を見て、太乙と道徳はしばし無言になる。
ふと、太乙が両手を天井に向けて真っ直ぐに伸ばす。
「いいねぇ。私はまだ成人した者しか弟子にしたことはないけど、小さい弟子だとやっぱり格別に可愛いんだろうなぁ。一緒に夏野菜の水やりか。ほのぼのだねぇ…」
「小さい子は無邪気だからねっ!今まで私は子どもの考えることってよくわからないと思っていたが、こういう話を聞くと小さい子もいいなという気分になるなっ!そうだ!今度思い出した時にでもスカウトしてこよう!」
「道徳…一番子どもと考えが近いのは三人の中では間違いなく君だと僕は思うけど……まぁいいや。まぁ、つまり結論を言えば弟子はどんな者でも子でも、結局は何だかんだ言って皆可愛いよね」
「うんうん!」
「……そうだな」
太乙と道徳二人の会話に玉鼎は静かに同意し、顔をほころばせた。
「時々、人の話聞いてるかい?いや、聞いてないだろ、むしろ少しは聞けよ、せめて耳ぐらいこっちに向けろ、全くもう!って気分になるけれど」
太乙はあははーと声をあげながら、とぼけた顔をして肩をすくめてみせた。
彼は親しい間柄で本音をもらす時に、ごく稀に口が悪くなる。
この事実は玉鼎と太乙の二人だけが知っていることである。
「あぁ、あるある!!たまには俺のマラソンにも付き合ってほしいのに嫌がられたりな。大きくなればなるほど弟子ってつきあいが悪くなるんだが、あれってなんでなんだ?」
基本へこたれない性格の道徳は、軽くため息をつきつつもやはりいつでも底抜けに明るく笑う。
「うーん…それは一体、なんでなんだろうな…。しかし、太乙…こちらの思っていることとは意図が違って相手に伝わることはたしかにある。…そういう時は……うむ…、私の弟子への説明がわかりづらかったのか、と思って一体どこが原因だったのかと、その日一日悩んだりする」
師の鏡のような発言をした玉鼎。
太乙と道徳はそんな玉鼎を人差し指でびしっと差して、声をそろえて厳しく一言。
「「玉鼎はやさしすぎ!!」」
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written by 水鏡様(Eternal Crystalia) 2012,6/28(Thu)
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