「――し、老子っ、私の話を聞いていますか!?」
「…うん?」


がたん、と勢いよく椅子が鳴る音で覚醒した。
目の前にはまだ湯気のたったお茶、その向こうにさらにもう一つお茶、そしてそのさらに向こうには椅子から腰を上げた不機嫌全開の愛弟子が見えた。
眠気で回りきらない頭でも自分が何をしたのかぐらいは理解できる。
つまりは彼の話の途中で居眠りをしたというわけだ。
はて、彼はどんな話をしていただろう?
それすら曖昧だったが、今そんなことを告げようものなら雷が落ちるだろう。
表現の話ではなく、文字通りの意味で。


「全く…どうして今の今まで眠り続けていてやっと起きたというのに、またうたた寝出来るんでしょうかねえ。」
「ごめんって、今度はちゃんと聞くから。」


はぁあと大きくため息をついた申公豹は呆れ顔で再び腰を下ろした。
まぁ今に始まったことじゃないですけどね、と遠い目をして言われればさすがに罪悪感がじくりと胸を刺す。
決して。決して、彼の話が面白くないわけではないのだが、どうしても眠気には勝てないのだから仕方がない。
私が再度平謝りすると、気を取り直して彼は話を始めた。
話を忘れたのがバレているのか、ご丁寧にその話ははじめから語られた。


時折、身振り手振りを加えながら語られるそれは明解であった。
話しながら楽しそうに口角は上げられ、群青色の大きな目が細められる。
私は彼のそんな顔がとても好きだった。
彼のことを道化師だとか(これは服のせいもあるかもしれないが)、無表情な人形だとか、そんな陳腐な言葉で評価しようとする輩がいるが、本当に人の噂や評価など当てにならない。
何も見えていないし、見ようともしていないのだろうと思う。
しかし、私はそれで構わないと思っている。
この子が実は感情豊かで、どんな顔で笑い、怒り、泣くのかなんて、そんなことは。

そんなことは私だけが知っていればいいのだ。



ぼんやりとそんなことを考えながら聞いている私の顔は、どうやら心ここにあらずに見えたようだ。
話をぶつりと切った申公豹は、わなわなと体を震わせながら胸元に手を伸ばした。
正確には、そこに入っているであろう雷公鞭に。
ああこれはマズい。


「老子…また聞いてないでしょう貴方は…っ」
「ごめん、見とれてた。」
「は…?」
「だから、見とれてた。君に。」


事態を悪化させないためには下手な言い訳はしないに限る。
くすりと微笑ってそう返せば、彼はぽかんと口を開けて、それからかぁっと頬を染め上げた。


「なっ、ば、馬鹿なんじゃないですかっ、なにが、み…見とれ…!」


何度か口を開閉させてやっとのことで吐き出された言葉はドモりまくっていて、普段の彼からは想像もつかない。
これが最強の冠を持っている道士の素なのだから面白いったらありゃしない。
笑いをなんとか噛み殺して申公豹を眺めていると、恥ずかしいを通り越してどうしたらいいのかわからないといった表情になっていた。
私と合わせられないでいる目は左右に揺れ、眉は不安げに下がってしまっている。
そんな姿に私はとうとう耐え切れなくなって、声を出して笑った。


「ふ、くっ…あ、はは、もう、かわいい、あーもう、ほんと君ってかわいい、」
「〜〜っ黙りなさい!!」


そう言ってまた君は耳まで真っ赤にして怒り出す。
やっぱり君のそんな姿は、私だけが知っていたいのだ。




fin

written by ニキ様(TELANTHERA

[12年 06月 11日]