風に流されていく季節を、それから幾度数えたことだろうか。
 楊ゼンは予想以上の速さで変化の術を完成させ、あっという間に宝貝まで使いこなすようになり、羨望と嫉妬を浴びるほど手に入れた。
 けれど、だからこそ、彼の本当の姿はもうほとんど誰も知らない。
 玉鼎真人が洞府で物思いに耽っていた夕間暮れ、下界に降りていた一番弟子が、妙な姿で帰ってきた。
術によるまやかしとはいえ、扇情的な衣装に包まれた女体に養い子の面影を重ねることは、十二仙として修業を積んだ玉鼎といえども難しい。
「……帰ったのか」
「師匠! ただいま戻りました」
 声をかければ、その影はたちまちのうちに変化を解き、丈高く美しい青年の姿をあらわした。
 涼しげな瞳は夕映えの薄紫、風に靡く髪は夜空の蒼――二百年分馴染んだ色彩が、玉鼎の眼を安心させる。
 腕の中に包み込めるほど小さく、暗闇を怖がっていたこどもは、やがて大きくなり、泣かなくなって、けれどどこかで歪みを内包したまま育ってしまった。
 楊ゼンは天才の称号を、自虐と自慢と自己顕示を等しくこめて名乗る。強さを求め、手に入れても、自分の行き先を見つけられずもがいていた。
 それでも、彼に転機が訪れたらしいことは、雨に洗われた若木の風情でまっすぐに訴える姿を見れば、すぐに分かった。
『――僕はもっと強くならなければ』
 封神計画に携わって、世界を知って、人と出会って、小さな子どもだった彼は変わり始めたのだ。
「あぁ、雲が……流れていきますね」
 ひとりごとのように呟いて、仙界から見上げる空を懐かしそうに眺めている。
 夕空に顔を出した月が照らしだす横顔に、あぁ自分は最初からこの子の師であり親だったのだと、ふいに思った。
何とはなし、久方ぶりに髪をなでてみると、楊ゼンは眉を下げてくしゃりと笑った。美男子を自称する彼にしては珍しい、幼くて素直な笑顔だった。
「おかえり、楊ゼン」
 千切れた雲の行方を見送って、二人はゆっくりと歩き出した。



閑吟集 小唄
『あまり言葉のかけたさに あれ見さいなう 空行く雲の早さよ』

written by はるめろ様

[12年 05月 29日]