不器用な宝物 1


玉鼎は最近、どうにも悩んでいた。


楊ぜんがここに来てからもう約1か月半。
日々のここでの生活も慣れてきて、笑顔も随分と増えた。
時々は楊ぜんも玉鼎と一緒に外に出向き、人間界の景色を見下ろしたり、地面に咲いている花をじっと眺めたりすることもある。


だが…。


玉鼎の一番の現在の悩み。


とにかく、この家には楊ぜんの遊ぶものがない。


今まで弟子はせいぜい若くても、15、6歳の者だった。
それくらいになると、弟子本人は自らの必要なものはそれなりにわかるし、そもそも仙人界に来た最大の理由は何と言っても『修行』である。
だから、今まで人間界にあるものがその本人にとって必要なものだとしても、それがこちらの仙人界で得られないものであれば、仕方がなかった。
そもそも『我慢をする』というのもある意味修行の範疇内だったのだ。



しかし、今回は事情が事情である。
預けられた本人がこんなにも小さい子どもで、しかもそれに至るまでの経緯も非常に複雑。


時には剣の稽古などもしてみたが、どうにも玉鼎は本来のやるべきこととは違う気がしてならなかった。


恐らく、一応気持ちが落ち着いてきたとは言っても、楊ぜんはまだまだ不安定である。
根の詰まりそうな修行ばかりするよりも、のんびり遊んでいた方がいいのでは…と玉鼎は思った。





だが、その前に大問題が一つ。



――――そう。大人が住んでいる玉鼎の洞府に、子どもが遊べそうな楽しいおもちゃなど当然あろうはずもなかった。





「どうするべきだろうか…」


悩みに悩んだ末に玉鼎が出し抜いた結論は、同じ12仙に相談をするということだった。
子ども受けが良さそうな太乙と道徳のどちらに聞くか少々迷い、程なくして太乙の元に行こうと決める。
太乙なら普段、仙人界でも宝貝作りを任されている故に、何かこういった類のアイデアが豊富なのではという気がしたからだ。


それに普段彼はあれでいて、実の所非常に思慮をわきまえた男である。


左右の頭からひょっこり角が生えている楊ぜんをまだ太乙に会わせる訳にはいかないが、『事情がある』と言えばあっさり納得して、決して根堀り葉堀り聞こうとしたり、必要以上に深入りしたりしてはこないだろう。
道徳も竹を割ったような性格で、明るくさわやかなので、もちろんこちらが話せないようなことを無理には聞いて来ないだろう。
だが、今回は弟子自身の繊細さや性格も含め、太乙真人に相談をした方がいいと玉鼎は最終的には考えた。







「ぬいぐるみとか、いいんじゃないの?」
「ぬい…ぐ、るみ?」


開口一番の太乙の台詞。
玉鼎はそのまま太乙の発した単語を同じように繰り返す。
玉鼎は目を丸くしてしばらくの間まじまじと太乙を見つめてから、徐々に眉をひそめ、最後には苦悩するような顔つきになった。


「それは一体どのようなものなのだ…?」
「え…」


嘘でしょ…。


太乙の喉元まで出かかった呟き。
だがしかし至極真剣に問いかけている様子の玉鼎を見て、どうにか無理やりその言葉を心の中に押し込めたのだった。









本当に玉鼎はぬいぐるみというものを今まで見たことがなかったらしく、イメージがなかなか湧かなかったようだ。
太乙の語彙力を尽くしての懇切丁寧な説明にようやく納得しかけたようである。
しかし、今度は玉鼎にそれとは別の心配事が浮上する。


「それはその…太乙がせっかく提案してくれるのはありがたいが、それは普通は女の子が遊ぶものではないのか…?」
「え?そうでもないでしょ?」


思わず怪訝な顔をしてしまう玉鼎を見て、内心やっぱりと太乙は思いながらもあっさりと否定した。


「小さい頃ってそういう…う~ん…何ていうのかな?お守り…?みたいなものが必要な時ってあると思うよ?いつも側にいてくれる安心できる存在というか、心のよりどころというか…。しかも、そうやってわざわざ遊ぶものがないか私に相談しに来たってことは、少なくとも新しく入ったその子が『毎日それはそれは元気いっぱいで困る…!』ってタイプではないんじゃないの?だったら私は有りだと思うんだけどなぁ…」



冷静で的確な太乙の分析に玉鼎は内心舌を巻く思いだった。
太乙真人をあなどれないと思うのはこういった時だ。
主に宝貝作りの天才として有名な彼であるが、その実人の感情の機微や性格を把握することに長けている。
だからこそ、それぞれの個性や能力に応じた宝貝を作ることも可能なのだろう。


ただ、玉鼎の自分の子どもだった時の生活をぼんやりとではあるが思い出すとやはり少々不安になってしまう。
人間界での生活では決して自分はそのようなものを持ったことはなかったし、周りの人間ももちろんだ。
ましてや仙人界でなど言うに及ばずである。


「うむ…たしかにそうかもしれないが…だが、しかし…」



どうにも納得できない様子の玉鼎に、太乙は頭の中が透けて見えるようだと内心で苦笑する。
どこまでも真面目。
良くも、悪くも。


「玉鼎、これは私個人の意見になるけどね。小さい頃に心のよりどころがない方が私は良くないと思う。それってきっと、自分にとって心から安心出来る存在がないまま、いつもどこか不安を抱えながら大きくなってしまうということだから」





玉鼎ははっとさせられた。
あの子は特異な事情があるだけに、今までの弟子と同じような方法で接してみるだけではいけないことは目に見えていた。
それを今まさに、太乙の話で言い当てられたような気がしたのだ。



「――…そうか、…そうかもしれないな」



目の前でいつも通りのおだやかな笑顔を浮かべている太乙を見て、玉鼎は気を改めた。


「では……無理を承知での頼みなのだが…そのぬいぐるみとやらを太乙に作ってもらう訳にはいかないか…?」
「別にいいよ~」
「本当か?!」
「うん。私は宝貝作りで慣れてるから、立体物を作るくらいはそんなに難しくないからね。でも、私は作り方を書いて、パーツを作るだけだよ?」
「……え…?」
「――?当たり前でしょ?だって、宝貝作りみたいに特に特別な技術が必要な訳じゃないし、ボタンつけや繕いものくらいは玉鼎…君だって出来るだろう…?」
「う…まぁ、それなりに…は。しかし、自信はないぞ…」


急に肩を落とし、深いため息をつきそうになる玉鼎に、強気で励ますのは太乙。


「大丈夫!誰かに作ってもらったものというのはきっと嬉しくて、なかなか忘れられないものだと思うよ。どんなに出来が悪くても、不格好でも…さ。ましてや小さいどもなら、作ってくれたのが近しい人であればある程…ね?」



そう言い終えた太乙は最後に玉鼎の方に顔を向けると、にこりと笑った。
どこか有無を言わせない笑顔だった。
玉鼎は自信なく「わかった…やってみよう…」と言うことしか出来なかった。







「完成イメージ図はこんな感じで~。やっぱり最初に作るのは特徴がわかりやすい動物がいいだろうね。そうなると、ウサギがいいかな。長い耳さえついていればそれなりに見えるし。犬やくまって左右対称に作らないといけないし、目と鼻との距離の長さで大分感じが違って見えちゃうから、意外に難しいんだよね…。うん、やっぱりウサギにしよう。目は……大きい方がやっぱり可愛いかな?何せ子どもが使うんだったら生地はある程度汚れても気にならないような色にしないと。白いと汚れが目立つから、生成りか象毛色くらいが適当だろうね。オレンジだと色が濃すぎるし、青だとちょっと冷たい感じになっちゃうし。いくらぬいぐるみとは言え、裸んぼだと可哀想だから服も着せてあげて…っと。…ん~、こんなかな?」


程なくして出来上がった図案に玉鼎は感心しきりだ。


「ほう、上手いものだな。さすがだな、太乙」
「でしょー?」


ちょっと照れくさそうに、でもちゃっかり胸を張る太乙。
『何かを作る』ということが宝貝に限らず、この男は本当に好きらしい。
途端に生き生きと目を輝かせる太乙に玉鼎は苦笑した。












「わぁ、なんですか…?これ…」


夕餉を楊ぜんと食べ終わり、一段落した頃。
玉鼎は部屋の隅で早速、先程太乙に作ってもらったぬいぐるみのパーツを取り出した。
その傍らには長年の埃をかぶっていた裁縫道具を共にして。
楊ぜんは見たことのない様々な道具や素材に興味津々だ。
目を輝かせて側にやって来ては、糸が通った針とぬいぐるみのパーツを持っている玉鼎の手元を乗り出すようにしてじっと見つめている。


「これかい…?これは、ぬいぐるみと言ってね…」


今はまだ出来ていないが、完成すると動物の形になるらしい。
今回は出来上がるとうさぎになる…筈なんだ。
太乙から先ほど聞いた内容とほぼ同じように説明をすると、楊ぜんは頬を桜色に染めながら目を瞬かせた。
少々興奮した様子で玉鼎に問いかける。


「ししょうのですか?」
「まさか…!」
「じゃあ、おくりものですか?」
「そうだよ」



――楊ぜん、君の為に作っているんだよ。



そう続けて述べようとする玉鼎に、楊ぜんは無邪気ににこにこと笑う。


「じゃあ、そのぬいぐるみをししょうからもらえた人は、きっととっても喜ぶでしょうね」
「え…?」


楊ぜんの何気ない言葉に玉鼎は体温がすっと冷えるような心地がした。


「ししょうは、やさしいですね…」


遠くを見るように、…まるで自分には関係のないことだとどこか最初から決めつけているかのように控えめに笑う少年の姿。


「……あぁ、そう…かな…」


とっさにどう反応したらいいのかわからず、玉鼎はただ曖昧な笑みを浮かべながら頷くことしかできなかった。













楊ぜんが自室で眠りについてから、玉鼎は一人蝋燭の暗い明かりの中で頭を抱えた。
先ほどの楊ぜんの何気ない言葉が玉鼎の心を深く締め付けた。
子どもだったら、普通はああいう時はてっきり自分にくれるのかと思い、大喜びするものではないのだろうか。
先ほどの遠慮がちな楊ぜんの姿が…閉じた瞼の裏にぼんやりと映し出されては、すっと音もなく消える。




しあわせを自分から望んでいるように見えない彼の姿。
喜びも、嬉しさも、悲しさも、寂しさも…全ての色々な感情を、自分とは全く違う次元で起きているものとして、どこか遠く切り離して見える彼の姿。
いや…本当は望むこと、それさえもまだ出来ないのか。



随分打ち解けたように見えても、まだまだ彼は身を縮こめて、自分に気を遣って生活しているのだ。
玉鼎はその事実について、まざまざと思い知らされるようだった。






玉鼎が色々と考えていたら、更にふと別の可能性まで浮き上がってきた。



実はぬいぐるみなんて興味ないから別に欲しくなかった…とか?
それとも、そんなにうさぎに見えなかったか…?



両方とも可能性が高すぎて、玉鼎は机に突っ伏したい気持ちに駆られた。
楊ぜんが喜ぶだろうと思って不器用ながらも作ってみたのだが…、途端に玉鼎は不安になってきた。





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