姫発は思わず叫ばすにはいられなかった。

→毒林檎の恐怖

「あっはははははいやあまさかここまできてなああっははははは!!」

真っ赤なインクが先っぽに塗られた割り箸は、その赤のせいでただの割り箸にはなれなかったのである。それを真っ青な顔で見つめる姫発は太公望の笑い声など耳にいれる余地もなかった。だって、だってなあ!?黒板にはでかでかと「白雪姫選考会」と誰が書いたのか分からない文字が姫発に現実を叩きつけていた。

「いやあここまで来るともうジンクスだのう、姫発!」

次は雷震子あたりが危ないのう、まだひくひくと笑いを引きずっている太公望がそれはもう嬉しそうに言った。なんでも、姫発の兄である伯邑孝もまったく同じ目に合っていたという。ぷるぷる、震える姫発は割り箸を床に叩きつけた。ふざけんなあ!!

「つーかなんで男子もくじ引きの対象になんだよ!?そこは女子だけだろうが普通は!!」
「いいじゃない、面白いし!」

それにハニーが王子じゃなかったから別にいいわ!姫発にとって今欲しくてたまらない、ただの割り箸を持った蝉玉が、太公望同じくとてもいい笑顔で親指を立てた。そこで姫発は気づく。そういえば、このくじ引きの結果で決まるのは白雪姫だけじゃなく、むしろ姫発が引きたかった王子役も決まるのだ。誰かが書いた黒板の文字と、混乱する頭のせいですっかり忘れていた。
そうだ、うまくいけば、形はどうあれ女子とお近づきになれるのかもしれない。なんたって白雪姫は最後、王子様のキスで悪夢を終えるのだから。そうじゃん、そうだよな!姫発の目に光が戻りかけたときだった。

「あ、俺っち王子引いた」
「だからなんでそうなるんだよおおおお!!」

結局姫発は床に突っ伏すしかなかった。見てみれば、姫発にとって悪友であり一線まで越えた友人というにはちょっと足りない関係である天化も、ただの割り箸を持っていなかった。姫発のと違うのは、塗られた色が青だということだけだ。

「ぎゃははははは!!ひー、腹がよじれる!!」

教師としてそれはどうなんだと問いたくなるぐらい笑い続ける太公望の声が、姫発には遠く聞こえた。いや、だってなあ!?普通逆でしょうよこういうこと言うのもあれですけど俺が上で天化ちゃんが下ですからね!?姫発の心の叫びは、主役を勝ち取った天化には届かない。

「うう……やりなおしてえ……」
「なんでさー」
「そりゃそうだろ!?何が悲しくて俺が白雪姫やんにゃきゃいけねんだよ!」

もう決まったからなー、というクラスメイトの声が心底恨めしい。いつの間にかへし折っていたらしい、赤い印のついた割り箸も恨めしい。

「俺っちは嬉しいけど」
「そりゃーそうでしょうよ、オウジサマ…」
「そうじゃなくって」

だって、王サマ助けんのが俺っちなんでしょ?
にしし、と笑う天化に、姫発の思考回路はいったんすべてをストップさせた。そして導きだしたのは、

「あー……うん、それなら……」

男前な恋人にほだされた後の妥協だった。



運命の割り箸

しかし姫発は知らない、いつの間にか笑うことをやめていた太公望が彼の父、姫昌へ白雪姫へ抜粋された息子のことをメールで伝えられていたことを。

written by ちびしば。様(はぐるま

[12年 04月 29日]