その日太乙は珍しく用事もないのに外をぶらついていた。
少し前から取り組み始めた人工生命の開発が行き詰まり、良い空気でも吸えば気晴らしになるだろうと考えたのだ。もともと太乙は出不精なタイプで、周りの人間はラボにこもりたがる彼を連れ出すのに苦労させられるのが常だった。しかし人工生命に取り掛かってからというもの、こうして自主的に外に出る機会が確実に増えている。
 
太乙は自然と人通りの少ない道を選んでいた。それなりの地位にいると、道行く者たちも黙ってすれ違ってはくれないものだ。日頃は上下に打ち解けた態度で接する太乙だが、気分転換の散歩中はやたら滅多ら話しかけられたくない。誰ともすれ違わないまましばらく歩き、こんな外れまで来る人もいないだろうと思ったところで、太乙は大木に隠れかかった人影に気づいて足を止めた。
 
(おや、呂望だ)
 
年の割に小柄な弟弟子はがっしりとした幹にもたれかかり、地面を見つめるようにうつむいている。最初は泣いているのだと思いそっと通り過ぎようとした太乙だったが、呂望の右足が芝を蹴り上げる動作を繰り返しているのに気づいて、再び立ち止まった。頭上を見上げて半ば確信を固めると、幼い弟弟子の方に近づいていった。
 
「随分つまらなそうだね」
「太乙さま」
 
呂望は声をかけられるまで太乙に気が付いていなかったらしい。こんなところを知人が通るとは思っていなかったのだろう。周囲への注意がおろそかになっていたのか、あるいは他のなにかに気を取られていたのか。宙を蹴っていた足が慌てておろされる。呂望の様子から、太乙は自分が間の悪い闖入者だったことを読み取った。思った通りだ。
 
「普賢とケンカしたのかい」
「どうしてそう思うんですか」
 
単刀直入に切り出すと、呂望は珍しく突っかかるような態度になった。これではもう正解だと言っているようなものだが、頭に血が上った彼は気づいていないのかもしれない。
 
「つまらなそうで、いらいらしているみたいで、地面ばっかり見ているから」
「・・・・・・あいつ、すごく意地っ張りなんです」
「何が原因か知らないけどさ、早く仲直りしたら?こんな晴れて気持ちのいい日なのに、しかめっ面で過ごしたらもったいないでしょう」
「別に仲直りしなくていいんです、あんな奴」
 
呂望はとことんふてくされているようだった。たぶん普賢も似たような状態だろうと太乙は推測する。この二人はよく似ているのだ。こんな風に子供っぽく荒れてしまうのはお互いに関することだけだということも含めて。普段は不憫を誘うほどに大人びすぎている二人だから、こんな一面を見ると太乙は逆に安心してしまう。
 
「あのねえ、空を見て思い出す人を嫌いになれるはずないんだよ」
「・・・・・・・」
「謝るのが嫌なら何も触れずに、一緒におやつでも食べるんだね。
 ここを少し行ったところに桃の木があるから、取って帰りなさい」
 
太乙が笑うと、呂望は頭が冷えたのか、ひどくばつが悪そうな顔をした。もごもごと礼を言い、ぺこりと頭を下げて、脱兎のごとく駆け出す。あの様子なら、日が暮れる前には万事解決しているだろう。
 
「ま、余計なお世話だけどね」
 
あの二人が切れてしまうことなんて、天地がひっくりかえってもないんだから。太乙は呂望のいた場所にもたれかかった。先ほどの彼がやったように地面を見たあと、頭頂を幹につけて思いきり上向く。仙界でもまれなほど年を重ねた大樹は、若木の幹ほども太い枝を力強く伸ばしていた。視界の隅で地面と交わりそうなほど重たげに生い茂る葉を支え、濃い緑の影を作っている。その先にある輝くばかりの青を思い浮かべながら、太乙は風に憩うように目を閉じた。


written by みつん(百代の過客

[12年 03月 22日]